ゾイドオリジナルバトスト 第十五話 拒絶の双眸?



夜の帳が下りる頃、アルフレッド達を乗せた送迎車が基地に到着した。
 
「あっ……兄様〜〜〜〜!」
チェルシーが目敏く見付け、弾かれた様に駆け出していく。
「ユーリ少尉、エリカちゃんも戻ったのね」
続いてリンも、チェルシーを追い掛ける様に飛び出していく。
今朝の事があるせいか、如何にも心配そうな様子だ。
「チェルシー、そちらは変わった事は無かったか?」
対するユーリは、何事も無かった様に話し掛ける。
その顔には疲れなど微塵も見られなかった。
「うん。変わった事だったらレイナちゃんが今日も泊まるって事くらい……って、
リンちゃんから聞いたよ!昨日全然寝てないんでしょ?」
話を振られて気を逸らされていたが、チェルシーは
何か思い出した様に苦言を呈した。
 
そう、ユーリは昨夜は一睡もしていないのだ。
「…そう噛み付くな、任務ならば1日や2日眠らない事は多い。
寝ないのは別に珍しくないだろう?」
しかし……当の本人は、寝不足どころか疲れたそぶりさえ見せなかった。
寧ろ、嘘の様に平然としている。
目の下に隈があるわけでもなく、動作もいつも通りキビキビしていた。
「それより……明日の朝、08:30に全員ブリーフィングルームに集合だ。
今回の件と本日やった内容の報告を行う……各員、遅れるなよ」
心配する妹をよそに、ユーリは静かにそう告げる。
そして何事も無かった様に下がっていった。
 
「兄様……」
 
「チェルシー、良いか?」
部屋に戻ろうとしたチェルシーは、後ろから来たエリカに声を掛けられた。
「あれ?エリカ少尉、どうしたんですか?」
一瞬キョトンとするチェルシーだったが、相手が誰か分かるとすぐ普段の調子に戻る。
「いや、急ぎの用じゃないんだが………なに、今夜は少々話したいだけだ」
対するエリカは、複雑そうな表情をしながら頭を下げていた。
 
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「お前の兄貴……イグニス少尉は、昔からあんな奴なのか??」
やたらファンシーなぬいぐるみの多い部屋に足を踏み入れたエリカは、開口一番にそう言った。
「へっ………?」
話題を振られたチェルシーは、再びキョトンとした顔でエリカを見る。
「いや、何というか……司令官は別にして、誰に対しても突っ慳貪(つっけんどん)で無愛想。
戦いのセンスは折り紙付きだが、何事も達観したみたいな態度で………さながら人形みたいな奴…………
リンやレイナは違うと言っていたが、私はそんな感じに見えてしまうんだ―――
妹の前で、あまり言えた事ではないがな…………」
 
ひとしきり言ってから、ばつが悪そうに頭を掻くエリカ。
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「……兄様」
一方チェルシーは……少し悲しそうに俯いてしまっていた。
 
「あ!ご・ゴメン!そんなつもりじゃないんだ!すまん!!」
そんな彼女の様子に、エリカは慌てて釈明する。
「……ううん、良いですよ。ボクだって分かってますから…………」
「チェルシー………?」
軽く俯いたその表情……エリカには、それが少し物悲しく感じられた。
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「……父様とステラがいなくなってから、兄様がぐっすり寝てるのを見た事が無いもん…………
きっと今も――――」
 
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「少尉……」
誰もいない談話室から自室に戻りかけたユーリ。彼を呼び止めたのは、少し沈んだ表情のクレセアだった。
「リヴィル準尉か、何の用だ?」
別段、表情を変えてはいないが、ユーリは少し訝し気に振り返った。
「その……この国に来たのって、やっぱり嫌だった………ですか?」
いつになく沈んだ表情のクレセア。しかしユーリは敢えて気に留める事はしなかった。
「それは………個人的な質問か?もしくは誰かに頼まれでもしたのか?」
「あっ、いえ……私が個人的に聞きたい事なんですが……その………
少尉がご迷惑でないのなら伺いたいと思っただけです…………はい」
歯切れが悪いのは気になったが、別にはぐらかす理由は無い。それに、どう答えたところで自分には関係ない。
相手がどんな印象を描こうと、任務が終われば自分はすぐにここからいなくなるのだから……
 
「ディーベルト自体を好きになった事など無い。理由はどうあれ、この国で父が死んだ事は事実だからな……」
 
何の抑揚もない口調で、彼はそう言った。
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「そう……ですか…………」
 
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鬱陶しい……
今日のクレセアから感じた印象は、それだった。
こんな夜中に私情で自分を捕まえ、その上プライベートにずかずか踏み入らんとする……
(あまり嫌な事をほじくり返して欲しくは無いのだがな……イライラする!!)
 
そもそも自分は特務のために来ているのであって、他の事に自身を割くつもりはさらさら無い。
用が済めば、また帝国に戻る。彼女達と会う事はなくなるだろう。
それがいつになるかわからないが、そんな中で絆を深めようとするなど自分には愚策にしか見えなかった。
 
というより……チェルシーならともかく、余計な情など引き金を鈍らせるだけだ。
今は味方でも、いつ如何なる形で自分の敵になるかわからない………
その時に敵を撃てなければ、自分は死ぬ。守るべきものを失う。
 
そうやって失った重さは、自分にいつまでも纏わり付いて離れてくれない…………
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「そういう話なら、チェルシーかチェンヤン少尉とすれば良いだろう。僕は君の飯事遊びに
付き合わされるのは御免だ」
 
先程より少し棘を込めた口調で、ユーリはクレセアを突き放していた。
 
「でも……やっぱり、ダメです。そんなの、寂しいだけですよ。私もお父さんも少尉を
仲間だって信じてますし、リンちゃんやレイナちゃんだって悪い人じゃないって言ってました」
それでも、頑としてクレセアは離れてくれない。
「……君、僕の話聞いてないのか?僕は――――」
だが、
「大体、何があったか知らないですけど過去を引きずり過ぎなんです。そんな事より――――」
クレセアの勢いに任せた言葉がユーリの耳朶を打っていた。
 
瞬間、
「……黙れ!!!」
突然聞こえた激しい声は、クレセアを一瞬たじろがせていた…………!
そして……
 
ガッ!!
気付いた時には、乱暴に胸倉を掴まれていた。
 
「フン、そんなに他人のプライバシーを暴きたいか?なら言ってやるがな……
お前、目の前で親しい人間を死なせた事はあるか?帰ってきて欲しい人間が帰って
来なかった事は?己の無力さを痛感した事はあるか?
それが理解出来ない奴に、とやかく言われる筋合いは無い!!」
 
それは、ユーリがフィルバンドルに来て初めて見せた、激しい感情だった。
 
「……ちっ」
やがてユーリは嘲る様に唸ると、クレセアを乱暴に降ろした。
「人には踏み込まれたくない領分がある……それがわかったら、二度と僕に関わるな。
次はこれでは済まさんぞ………!!!」
いつになく苛立ちをあらわにして、ユーリは噎せるクレセアを見下ろす。
が……そのまま乱暴に談話室から出ていってしまった。
 

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「お姉ちゃん!」
ユーリの姿が消えるのと同時に、クレセアの身体を誰かが強引に抱え上げる。
「ぁ……レイナちゃん?」
慌てて介抱している義妹の姿を認めると、クレセアは無意識にレイナの裾をぎゅっと握りしめていた。
「何なのよアイツ!ちょっとカッコイイからって調子に乗って………」
既にいないユーリに向かって悪態を吐くレイナ。しかし、
「レイナちゃん……!!」
気付けば、クレセアはいきり立つ彼女を制していた……
 
「ご・ごめんなさい………少尉を怒らせたのは私なんです――――」
「お姉ちゃん……っ!」
 
クレセアの言葉は、ユーリの去った暗闇に虚しく響き続ける……レイナには、
それをただ受け止める事しか出来なかった………
.
 
.
 
翌朝……
フィルバンドル郊外、ディーベルト連邦軍駐留基地
 
「『クライ』に『ダンバー』……ね…………」
ブリーフィングルームの末席に陣取るルチアは、端末に転送されたデータをじっくりと観察していた。
 
コロラドから帰ってきたユーリ達は、早速内容を報告するために早朝からパイロット、幹部全員を召集していた。
『アル……これって、確か共和国の外相が来た時にフィルバンドル襲った奴やんなぁ?』
中央のモニターには、凛とした風格の女性が映っている。彼女は、送信されたデータを吟味して嘆息していた。
「そうだ。あの時のとは違うが、同型と見て間違いないだろうな……
ときにカルダン中佐、セイロン少佐、アラード副班長、貴殿等はこれをどう見る?」
アルフレッドは、モニター越しに見る幼馴染み―クリスティ・D・カルダン―見上げると
回答を促した。隣にいるセイロンとミーナにもさりげなく意見を求める。
「先日の件についても、恐らくその『アラウンド』とか言う連中が絡んでいる可能性は高い……
アラード少佐も、回収した機体を検分して同じ意見を示している」
「ん〜〜……技術者じゃ意見にならないけど、駆動系を見た感じじゃ形は同じに見えましたね……
後でラッドさんに頼んで調べて貰うつもりですが」
セイロンの答えはいつもながら明瞭だった。一方、ミーナは息を呑んでセイロンの言葉に耳を傾けつつ、
怖ず怖ずと言葉を紡いだ。
『そうかいな……うちはそーゆーのは苦手や。せやけど、やっぱし注意しとくに越した事は無いで………』
クリスは苦い顔で返答を受け取り、深い溜息を尽いた。
 
「……相解った。ではアラード少佐、回収したブロックスとフランカーの分析データはあるかな?」
一方、アルフレッドは今度はラッドに話を振って促す。
「ちゃんと用意してますぜ」
それを予期していた様に、ラッドは手早くデータを表示していた。
 
「こいつは、前回のグレイラスト戦で回収した『クライ』と『ダンバー』の解析結果だ。
ヤルファルトからのカタログスペックと照合したら解るだろうが、反応速度や各種武器の
精度は向上しているぜ」
久しぶりに未知の機体に触れられた興奮からか、ラッドの声は少し熱が入っている様に聞こえた。
ルチアの隣で聴き入るミーナも、少し苦笑している様だった。
 
一方、ユーリは先刻から何も言わずにモニターや資料を凝視して動かない。
時折、真剣な表情でスペックを照合してはペンを走らせる程度だ。
やや眠気の残るリンと比べると、まるで機械の様に見えてしまう。少なくとも、
昨夜の激情振りは感じ取れなかった……
 
(イグニス少尉………)
クレセアは、そんなユーリが何処か儚く見えて仕方なかった。
 
―お前、目の前で親しい人間を死なせた事はあるか?帰ってきて欲しい人間が帰って来なかった事は?
己の無力さを痛感した事はあるか?
それが理解出来ない奴に、とやかく言われる筋合いは無い!!―
クレセアがあの時垣間見たユーリの双眸……初めて出会った頃の冷たい光が、あの目に確かに在った…………
 
(少尉……私だって、知ってます。貴方が言いたい事………私にも解るんですよ………)
まだ出会って二週間と経っていないが、あんな感情的なユーリは初めて見せ付けられた……
しかし、あの双眸を見る度に複雑な感情が込み上げてきてしまう………
 

「今のところ明確な対抗手段は確立されていない。だが、今回の件に際して我々は
ヤルファルト重工や中央大陸のチェンヤン技術顧問と協力する事を双方合意で決定した。
アラウンドの目的は不明だが、いずれにせよディーベルトや西方大陸が巻き込まれる可能性は
軽視出来ない……場合によってはヘリック、ネオゼネバス、ガイロスのいずれかが危機に
曝される事も考えられるだろう」
アルフレッドはそこで言葉を区切り、一呼吸置いた後でその先を続けた。
「よって、当面は警戒態勢をグリーンからイエローに引き上げる。各員、
どんな小さな変化も見逃してはならない……!」
 

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「お父さん……」
1人になったアルフレッドは、不意に後ろから呼び止められた。
「クレセアか、どうした?」
いつもと様子が違うのを察したのか、アルフレッドは思わず問い掛けていた。
 
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「イグニス少尉……彼、やっぱり私と同じだったんですね―――――」
 
.
 
.
「ちょっと待ちなさいよ、ユーリ少尉」
報告書を吟味していたユーリのもとに、レイナが大股で近付いてくる。
「レイナ・リヴィル……」
冷静に自分の姿を認めたユーリに対し、得も言われぬ思いが噴き上がる。
「っ!!」
その態度に業を煮やしたレイナは、彼の手から報告書を引ったくる。
「あんた……お姉ちゃんにあんな事しといて、よくもヌケヌケしてられるわね!調子こいてんじゃないわよ!!」
激昂するレイナ。しかし、当のユーリは眉一つ動かさない。
「昨夜の件はお前の姉の不始末だ。僕に非が無いと思ったらお門違いだな」
それどころか、逆に鋭い双眸でレイナを睨みつける。
 
.
「あんた、何様のつもり―――」
「言いたい事はそれだけか?なら話は終わりだ。こちらも、いち民間人に構ってる程ヒマではない」
それでも尚も噛み付こうとするレイナ。しかし、それを更に撥ねつけると、
ユーリはそのまま立ち去っていった………
 
「………っ!」