ゾイドオリジナルバトスト第16話『雲海からの襲撃』



「あ、あの〜〜〜……レイナちゃん、そんなに怒ってちゃダメですよ〜〜〜」
クレセアは、自分の前で不機嫌にしている来客……レイナ・リヴィルに向かっておずおずと言った。
「……ったく、ちょっとカッコいい人かと思ったら、何様のつもりよアイツ!!お姉ちゃんも
あんなスカした奴に言いたい放題されて悔しくないわけ!?」 

彼女の部屋に、苛立った義妹の怒声が響く。先程のユーリの態度が余程腹に据えかねた様だ。

「でも、少尉を怒らせたのは私の方ですし……」

「甘い!チョコクリームより断然甘いよ!大体お姉ちゃんは他人に遠慮し過ぎなの、
だからすぐ屁っぴり腰になるんじゃない!」

しかし、ただでさえ他人に遠慮し過ぎるクレセアの事。
例え義理でも、妹としては放っておけるわけがない。
無論、クレセア本人も理解しているのだが……肝心な時に二の足を踏むのは元来の性格の
せいでもあるためか、
それ故に中々一歩を踏み出し切れなかった。

「それは……分かってはいるのですが、やっぱり言い出すとなると………」
「前に私に思い切り啖呵切ったじゃない。パパと同じ軍に志願するって時の事……
忘れたなんて言わせないよ」 
しかし、レイナの言った言葉に一瞬黙りこくってしまっていた。

「あ・あれは今は関係ないですよ―――」
「クレセア!」
クレセアが顔を赤くして抗議しようとした、まさにその時………

バタン!!
チェルシーが血相を変えて飛び込んできたのであった。
「お前、イグニス少尉にまた何か言われたのか!?」


.
(ちっ………らしくない。何をやってるんだ、僕は…………)
同じ頃、ユーリは格納庫に佇んでいた。
目の前では愛機のジェノサイドが整備されている様子が一望出来る。
だが、それを見上げる彼の本音は平常心とは程遠いものだった。

自分を苛立たせているのは、あの姉妹の事………
(あんな子供に言われたくらいで、何を激昂しているのか……本当に、らしくない!)
あの時……昨夜は何故あそこまで激昂しかけたのか自分にもわからなかった。
しかし、ともすれば脳裏に記憶が蘇ってくる。


―大体、何があったか知らないですけど過去を引きずり過ぎなんです―
――

「ふざけるな!あれから僕がどれだけ血を流して来たのか………
何も知らない子供が、偉そうな口を叩くなよ………!!」

気が付いた時、そんな怨嗟じみた独り言が絞り出されていた。

薄暗いフロアの中には、それに応えるものは無かった…………


「あ!イグニス少尉、こんな所にいた〜〜〜!」
闖入者の声が彼の耳朶を打つ瞬間までは………


「………今度は君か」
キビキビした足取りで現れたのは、ルチア・ブリージュだった。



「レイナちゃんから聞いたよ。クレセアにまた喧嘩吹っ掛けたんだってね?」
「……少し違うな。暴言を吐いたのは向こう側だ……それを、僕が恫喝して退けた。
ただそれだけの事だ」
いつもより苦い顔で訪れたルチアに対して、淡々とした口調で言うユーリ。
極度なまでに感情の起伏が見られない彼に、ますますルチアの顔は苦くなっていった。

「ふん……そんな事を聞くために僕を探していたのか、ディーベルトの人間は
存外のんびりしたものだな」
少し皮肉を込めて言い返すユーリ。ルチアはややムッとした顔で睨み返した。
「まぁクレセアとは色々あるからね……て言うか、そっちこそ誰に対してもそんな無愛想なの?
よく疲れないね〜〜」
「悪いか?こちとらチェルシーと違って他人と簡単には馴れ合いたくないんだ」
それでも、ユーリの口調には何処か他人の介入を許さない色が見え隠れしていた。

「……まぁ、キミの事情はどーでもいいよ。興味無いし」
ルチアはしかめ面で言い放つと、そのままユーリの隣のフェンスに寄りかかった。

「でも、このディーベルトにいる間はキミだって部隊の一員なんだ……
そこんとこ、忘れないでよね」




ルチアが立ち去り、再び独りになったユーリ。彼は、眼下で進められているゾイドの修理や
メンテナンスの光景を、黙って見下ろすだけだった…………

(仲間……フン、馬鹿馬鹿しい)
ユーリにとって、仲間など単に同じ部隊の同僚でしかない。どんな風に接しても、
任務が終われば解散して会う事もなくなる。例え仲良しだろうと、険悪な間柄だろうと関係ない。
そんな一期一会な世界で、下手に仲良くなれば余計な情に惑うだけだ。
もしも仲良しな人間が敵になれば、その情によって自分の身をも滅ぼすかもしれないのだ………

ならば、自分にそんなものは要らない。

ただ機械の様に淡々と任務をこなし、死ぬまで駒として生きていけば良いだけだ…………



しかし、何故だろう………
そんな生き方に、物寂しさを覚えるなんて…………
自分自身で選んだ道だというのに、何故こうも悩むのか――――?

いつしか胸に沸き上がる疑問に、答える者は無かった…………


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その頃……

「あいつめ、また随分な事を……」
クレセアの部屋に半ば怒鳴り込む様にやって来たエリカは、その場にいたレイナから
一部始終を聞かされていた。
「あの〜〜………エリカちゃんも、や・やっぱり……怒ってます?」
しかめ面で頷くエリカに、怖ず怖ずと問い掛けるクレセア。
「あぁ。確かに怒ってるな。不躾に言い過ぎたクレセアもクレセアだが、あのバカめ……
もっと言い方があるだろうに」
彼女を苦い表情にさせているのは、他ならないユーリの事だ。
あの男は極端に他人を寄せ付けなさ過ぎる。これまでは気に障るものの、個性という事で
半ば看過してきた。
……が、自分達全員が同じ組織にいるとなると、その中にいる以上はワンマンな行為が
許されるわけではない。

しかし……

昨日チェルシーから聞いた事が、彼女に二の足を踏ませていた。

(ステラ……か…………)

恐らく、今のユーリを形作っている根底にはその人物が関係しているのだろう。
皮肉な事に、その人はもうこの世にはいない………


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―ごめん……いつか話すから、今は兄様の事、そっとしておいてあげてくれないかな………?―
あの陽気なチェルシーが、悲痛な表情で懇願していた……エリカが只事じゃないと気付くのに
時間はかからなかった。

結局、昨日は聞かずにお開きとなったが、エリカとしてもこのままにしておけないとは思っていた。
(……やはり、ミンリー姉さんに相談するしか無いな)

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「すまん、邪魔したな……」
暫くして、エリカはフッと溜め息を尽いて席を立った。
「エリカちゃん……」
「ほ・ほら!明日も早いだろう、そろそろ休め。レイナだって、明日には帰るんだろ?
さぁ休んだ休んだ」

今は取り敢えず、2人を宥めて話題を逸らせるのが精一杯だった。


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結局、レイナは迎えが来る間際まで終始ユーリを睨んでいたが、ユーリ自身がそれを
気にする事は無かった…………



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数日後

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海面に反射する日光が、航行するホエールクルーザーを白く染め上げていく。
先刻ニクシー基地を出発した彼等は、ヤルファルト重工からの積み荷を気にかけながら
慎重に上昇していった。

だが、彼等は気付いていなかった。
レーダーの射程外から、自分達を見ている者達がいた事に…………


そして……輸送機が前方の雲海に入った瞬間、彼等は一斉に動き出していた………!


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ミプロス島の航空管制局から緊急連絡が入ったのは、夕方を過ぎた頃だった。

「2分前、ミプロス島の航空管制室より当基地にエマージェンシーコールが放たれた」
集まった面々を眺めながら、アルフレッドは冷静な口調で報告する。
「このフィルバンドルに向かう輸送機が正体不明の機体に接近され、攻撃を受けたとの
通信を最後に連絡不能となった……
現在、駐留している航空部隊が迎撃に向かっているが、敵に対して苦戦を強いられている。
返り討ちになる者も現れている始末だ」
彼の告げる報告に、クレセアやリンの表情が強張る気配がした。
「この輸送機には我々に必要な武器、弾薬をはじめとした各種物資が多数積載されているわけだが……」
アルフレッドがそこまで言った時、ユーリが唐突に挙手していた。
「最新の状況報告はどうなっていますか?相手方は、輸送機に乗り移っている者もいるのでしょうか?」
「いや、その報告は無かった。だが、時間が経っている以上は油断出来ないだろう」
ユーリの問い掛けに、アルフレッドも眉を寄せて呟いた。

ユーリとアルフレッドの懸念は、ある意味では大事な事でもあった。
輸送機が外部から攻撃されているだけなら、こちらも迎撃しつつ輸送機を安全圏に連れて行けば良い。
だが、襲撃者が輸送機に乗り移っている……所謂ハイジャック状態なら、対応の仕方は自ずと変わってくる。
外部からの干渉を受け付けない高高度では、輸送機は巨大な密室。乗員の安全も物資についても、
相手方の気分次第でどうとでもなるのだ。


「何らかの武装勢力の可能性があるため、我々が調査にあたる事になった……
いずれにせよ、連中がフィルバンドルに入る前に確保する必要がある。
奴等が領海に入る前にけりを付けるぞ」
数分後、イフリートが緊急発信していった。

「大型の飛行ゾイドを捕捉しました。機種はホエールクルーザー級、当方の輸送機に
間違いありません。
周囲に無人ザバット、及びフライシザースが多数取り付いています」

管制を担当するレイシアの声がブリッジに聞こえる。
「母艦の反応は?」
「現在は確認出来ません」
艦長席に座るアルフレッドは、動揺を見せる事もなく回線を繋いで指示を出した。

「ファルゲン、ドル・ツェストを腹部カタパルトに接続。
ドル・ツェストは飛行ユニットを装備、輸送艦に接近し、作戦行動に入る。
ファルゲンは周囲の露払いに専念せよ」

カタパルトに固定されたドル・ツェスト。その背中に、翼と三連装砲が付加されたユニットが
取り付けられていく。
地上での形態から一新され、飛竜を思わせる姿になったドル・ツェストのコックピットでは、
チェルシーが最終調整を終えようとしていた。
「まさか飛行ユニットが必要になるなんて………ボク空中戦苦手なのに〜〜〜っ」
当の本人は予想外の仕打ちに駄々こねていたが、作戦に変更など無い。
そもそも単機で飛行可能なのがファルゲンとドル・ツェストしか無いので、
今回の任務が彼女達に任されるのは至極当然の流れと言えた。

『文句を言うな、それより艦までの道程は任せるぞ』
なおも口を尖らせる彼女に、回線越しに兄の声がした。
「だったら兄様が代わってよ。ボクより実力も操縦も優秀なんでしょ?」
『そのドル・ツェストが認めているのはチェルシーだけだ。僕ではお前の様には動いてくれまい……
文句なら、帰ってからいくらでも聞いてやる。とにかく頼むぞ』 
ユーリの声は妹の抗議をにべもなく撥ね付けると、一方的に途切れて終わってしまっていた。

(後で覚えてろよ、コチコチ頭のバカ兄様………)

.


ホエールクルーザーの周囲を飛び交う無人ザバットは、まるで巨大な魚に
追随するコバンザメの様にピッタリついて来ていた。
フライシザースも遠隔操作されているが、同様に飛行している。

だが、雲海から抜け出した瞬間……

ドガガガガガ!!!
突然の轟音と共に、1機のザバットが翼から黒煙を噴き出して失速する。
続いて、雲の中から大きな機影がヌッと現れたと思うと、背中のキャノン砲で
フライシザース2体を同時に火達磨へと 変えてしまっていた。

ホエールクルーザーの背後から現れたのは、チェルシーの駆るドル・ツェストだった……!!

「ファルゲン、ドル・ツェスト、共に作戦行動に入りました。敵は全て無人機です」
サブオペレーター席に座るクレセアが、アルフレッドに報告する。
「やはり、敵は既に侵入していたか……現時点を以て、プランBに移行。セイロン、任せたぞ」
アルフレッドは予測していたのだろう。一切の動揺もなく、回線越しに指示を飛ばした。

『了解。これよりイグニス少尉らと共に内部制圧を敢行する」