ゾイドオリジナルバトスト第17話『高度千bの攻防』



パン!

空中を航行するホエールクルーザーの艦内に、乾いた銃声が木霊する。
侵入者らしき何者かが、武装した人間のこめかみを正確に撃ち抜いた音だ。

「残弾15……こいつの銃を借りた方が良さそうですね」
ユーリ・イグニスは、頭を撃ち抜かれた死体から
アサルトライフルをもぎ取って構える。
先程撃った拳銃は既に懐に仕舞っていた。
「イグニス少尉……す、凄いわね」
同じく制圧班となったリン・ベルリッティは、
瞬く間に敵を射殺したユーリに息を呑みながらも、その腕前には感嘆を隠せなかった。
「軍曹、少し頭を下げろ」
パァン!

そうしている間に、ユーリは扉の影から自分達を狙っていた
カービン銃の男を正確に射抜いていた。
「ここから廊下に出る。安全に気を配りつつ操舵室へ向かうぞ」
ドアの側では、今しがたナイフで敵を仕留めたセイロンがユーリ達を顎で促す。
「……了解」


.
空中を舞うザバットが、ドル・ツェストの顎に捕まって引き裂かれる。
その背後から迫るフライシザースが、ファルゲンの銃撃で蜂の巣になり、
次の瞬間には四散した。
『船体には傷を付けるな、周囲の敵のみを墜とすんだ!』
チェルシーの耳に、回線越しにアルフレッドの指示が飛ぶ。
「分かってますよぅ!ボクだって兄様を撃つなんてしませんってば!」
ドル・ツェストを駆る本人は、怒鳴る様にそれに応える。
「だけど――――だぁ〜〜〜!!!
もう、こいつらしつこいよぉ!!!」
しかし、フライシザースは火器を持たないものの、
まるで蝗(いなご)の様に四方八方から攻め立ててくる。
いくらドル・ツェストでも、人海戦術に持ち込まれては堪らない。
「チェルシー、慌てなくていい。露払いは私がしてやる」
焦りを見せるチェルシーに対して、ファルゲンを駆るエリカはまだ冷静さを保っていた。

こういう時、小回りの効くファルゲンは有利である。
フライシザースをはじめとした無人のキメラブロックスやザバットは、
スリーパーと同じく単調な自律操縦での運用が基本となっている。
恐らく何処かに司令塔がいるかもしれないが、複雑な動きをする有人機で捌くのは可能なのだ。
勿論、物量戦では勝ち目が薄いが、今は撹乱するファルゲンに気を取られて
大半がホエールクルーザーから引き剥がされつつあった。

『待たせたな……チェルシー、撃って良いぞ!』
そして、一塊になってファルゲンに狙いを定めた瞬間――――
エリカは、冷静に指示を下していた。


「えぇい!ボクもう知らないからね!!」
途端に、迫ってきた敵が轟音を上げて四散した。10機近くが一斉に。
続けて、更に一群となった敵が爆発して吹き飛ぶ。
群れの背後で構えていたドル・ツェスト、それの放った火線が直撃したのだ。

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「ファルゲン、ドル・ツェスト、敵戦力の45%を無力化。ホエールクルーザーには未だ動きはありません」
「良し……以後は掃討から牽制に切り替える。少し距離を取らせて惹き付けさせよ」
ブリッジからの報告を受け、アルフレッドはすかさず次の指示を出す。
「セイロン副隊長、そちらの状況はどうなっている?」

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「現在、侵入と同時に敵の直接排除に移行。各員とも順調に敵を排除しつつある」
アルフレッドからの催促を受けたセイロンは、今しがた倒された敵兵を一瞥しながら報告を続ける。
「我々はこれよりブリッジに向かい、管制システムを掌握するつもりだが……
隊長、他にやる事は無いか?」
『問題なさそうだな……敵の無力化と同時に人質の安全を確保、
併行して各ミッションの遂行を任せる。
他の者はこれより潜入班の支援に移行せよ!』
長年の戦友からの報告に、アルフレッドからは迷わず次の指示が繰り出されていた。
すかさず、ユーリとリンも互いに武器を構えながら艦内に足を踏み出す。
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同時刻、連邦首都シビーリ

「リヴィル議員、カルダン陸軍中佐がお見えになりました」
警備主任の報告から程なくして、貴賓室に長身の女性軍人が入ってくる。
「お疲れ様です、クリス」
先刻から部屋にいたミラルダ・リヴィルは、訪れた珍客を丁寧にもてなしていた。
「お久〜〜ミラルダ。この前の総選挙以来やな〜〜〜」
「クリスも壮健そうで何よりです。隊の方々はお元気ですか?」
やって来たのは、シビーリ防衛隊の幕僚であるクリスティ・D・カルダン中佐。
元々はミラルダの夫であるアルフレッドの旧友であり、
夫妻と付き合いの長い友人でもある。
ミラルダが、家族や従姉妹であるサラ以外に素顔で接する事が出来る数少ない人物でもあった。

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「アルフレッドとクレセア、元気にしてるでしょうか……?」
「アルとクレセアやったら、多分心配いらへん。セイロンが見てくれとるさかい、
何かあったらすぐ電話寄越してくれるわ…………
あんたはあんたで、穏健派を纏めなあかんのやろ?」
今のミラルダは連邦議会における穏健派の筆頭。ついてくる多くの議員達の纏め役としても、彼女は大きく政界に貢献していた。
確かに、かつてのクルアルド・コーエン政権下の時代に比べると、
穏健派そのものは規模も質も著しく向上している。
しかし、未だに議会内部では過激派との軋轢が深い。これもまた事実だった。
「あまり芳しくないですね……過激派の皆さんの言い分もわかるのですが、
あまり不寛容で私達もついていくのがやっとなくらいです」

ちなみにクリスは軍人であるためか、過激派の考えを一応は支持している。
しかし、ミラルダを筆頭とした穏健派にも一定の理解は示していた。
そのため、他の過激派寄りの幕僚からは煙たがられているのも実情だった。

「そーそー、そのシェヘラザードなんやけど……
実はな、この前ネオゼネバスにおる知り合いから変な頼み事されたんや」

芳醇な香りを愉しんでいたクリスであったが、
不意に何かを思い出した様に苦い表情へと変わってしまう。
「頼み事……ネオゼネバスの政府からですか?」
「いや、軍上層部からや。サラには一応言うたんやけど、あんたにも伝えとこーかって思ってな……」
やや口篭る様な口調で、クリスはミラルダに切り出していた。


同時刻、

徐々に高度を下げ始めたホエールクルーザーの中では、ナイフを忍ばせた人物が操舵席に侵入していた。

「貴様等が首謀者か……!」
彼の視界にいるのは、操縦桿を操作する柄の悪い男。そして、その背後で様子を静観している紺色のスーツの男だった。
元の操舵士は……辺りに残る血の匂いと硝煙が状況を物語っていた。

一見すると武器の類いは見受けられない。しかし、セイロンは確信していた。
このスーツの男が首謀者であると………!


瞬間――

シュッ!「ッ!?」
咄嗟に喉元を庇った時には、交差した腕に鋭利な棘が突き刺さる。
敵は袖にダーツの様な投擲武器を仕込んでいた様だ。

「やるなァ……今のを防がれたのは初めてだぜ」
気が付くと、先程の男がセイロンの傍まで肉薄し―――
ナイフを突き出すのが垣間見えた。

ギャリィン!!!
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刃物同士が衝突する不快な金属音が狭い部屋に響き渡る。
 間一髪、手持ちのナイフで受け流したが、既にセイロンの表情から余裕は消し飛んでいた。
(危なかった……この男、かなり出来る)
正直、ここまで冷や汗をかかされたのは久しぶりだった。一瞬でも判断と行動が遅れていたら、
今頃自分は死んでいただろう……

「ただのハイジャックでは無さそうだな……何者だ?」
やがてセイロンは、殺気を込めた目で対象を睨みながら呟いた。

「俺か?そうだな……お前らのボスにちょっとした所縁のある奴さ。アルフレッド・イオハルの野郎にな―――!」

「セイロン副隊長!」
男が徐に口を開いた。それと同時に、通路の曲がり角からリンが飛び出してくるのが見えた。

「曹長、下がれ。こいつは―――」
咄嗟に退かせようと声を荒げた――――が、同時に眼前の男の袖口がキラッと光った様に見えた。
(くっ―――!)
その微かな煌めきが何なのか、セイロンは恐らく誰よりも理解できた。


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カービンを構えた男が、血を噴出して崩れ落ちる。
それを躊躇なく遂行したのは、両目にバイザーを着けた白い肌の青年……ユーリである。
(この先は操舵室、副隊長が向かっている筈だが………)
当初はただのハイジャックと思ったが、あまりに敵の練度が低すぎる。外のキメラブロックスならともかく、
突然の襲撃に浮き足立ってろくな反撃もしてこない。
それはそれで制圧する側にとっては楽だが、あまりに不自然過ぎる……

(狙いは別にあるのか……?)
数多の修羅場を潜ってきたからか、その違和感を見過ごす事は出来なかった。

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「ふ……ふっ………」
リンは、自分の肌がぞわぞわと粟立っていくのを感じていた。
その眼前では……
「曹長、無事か…?」
自分を庇う様に立ちはだかるセイロンの姿が見えた。
足元にはボタボタと真っ赤な滴が副隊長の身体から滴り落ちていた。

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だが、眼前のスーツの男も右手を押さえ、苦痛に歪んだ顔でこちらを凝視していた。
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「今のは警告だ、武器を捨てて投降しろ!」
リンの背後の通路には、カービンを構えたユーリが駆けつけていた。その銃口が男の額をピタリと狙っている。
「ユーリ少尉……!」
押し寄せる恐怖感と安堵は、リンの足元をふらつかせ……
やがて、ペタリと尻餅をつかせてしまっていた。

「曹長、副隊長を頼む。あいつは俺が……」

しかし、ユーリがその先を言おうとした瞬間―――

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ガクン!とホエールクルーザーが大きく揺れた。
同時に、ブリッジの窓が勢いよく砕け散る。男が隠し持っていた銃で破壊したのだ。

「へぇ……まさか俺に一杯喰わせるなんて、やるじゃねぇか。ガキ共」
痛みすら感じていないかの様に、男は不敵な笑みを浮かべていた。
「………いいだろう、今回は大人しく引き退がってやるよ。だが、次はこう上手くいくと思うなよ」

「待て!」
ユーリが捕まえようと手を伸ばす……が、一瞬早く、男は窓から空中に飛び出していた。
「貴様、一体……」

数時間後、ホエールクルーザーを取り囲んでいた飛行ゾイドは掃討され、舟は奪還された。
襲撃はひとまず撃退されたのであった。