第18話 ネオゼネバスの使者(前編)



「くそッ!やってくれるじゃないか……!」
ザバットの腹部コンテナに滑り込むや否や、男は苛立ちも露に毒づいた。

この目的はディーベルト連邦を主体とした国際共同部隊を炙り出して戦力を測る事。
そのため、アウトローを何人も雇って、獲物としてフィルバンドルに向かうホエールクルーザーを襲ったのだ。

しかし……どうやら雇った連中はみな殺られてしまったらしい。
全く、使えない奴等め。

「……まぁ良い、奴等の力量を知れただけでも良しとするか―――後はこのままアラウンドに合流すればお仕舞いだ」
しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと、やがてクックッと唸る様な不気味な笑い声がコンテナ内部に響き渡っていた。

「最も、それで済めば苦労はしないんだけどよ……」

モニターには、こちらに牽制射撃を繰り返すファルゲンとドル・ツェストの姿が映っている。
こいつらを突破しなければ帰還すら難しだろう。

「全く、忌々しい!!」
思わず口を突いて出た悪態は、果たして何に向けられたものだったのか………

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「副、長………副長、大丈夫ですか!?セイロン副長!?」
荒い呼吸を繰り返すセイロンを、泣きそうな表情で支えるリン。
しかし、無情にも足元には血溜まりが満ち溢れ、副長の顔色も次第に青ざめていく。
「……どけ、曹長」
そんな時、ユーリがリンを押し退けてセイロンを、うつ伏せに横たえた。
同時に防弾ベストのポーチから携帯用の救急キットを出して手早く開放していく。

「イフリートに収容するまで間に合うとも限らん。出血性ショックで手遅れになる前に、こちらで出来る事をしておくぞ」

動揺して頭が真っ白になりそうなリンとは対照的に、ユーリは複雑そうな
応急措置を施す間も睫毛一つ動かさない。まるで機械の様に冷静に物事をこなしていく。
その所作は見るからに手慣れたものであり、思考するというよりは指先が記憶した
動作を正確に行っていく……様に思えるほど、静かに進められていた。

「何を呆けている、曹長」
途端に、そんなリンに向かって鋭い声が飛ぶ。ユーリが手を動かしながらリンを叱咤していた。
「君は船の航行制御を行え、フィルバンドルの管制官ともコンタクトを取り、着陸させるんだ」


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 「セイロン副長が!?」
イフリートのオペレーターを努めていたレイシア・キアンティは、リンからの連絡を受けて耳を疑っていた。
「状況は!?」
すかさずアルフレッドが反応し、レイシアは報告を読み上げる。
「セイロン副長、コントロールルームにて敵兵と遭遇し、負傷……現在はイグニス少尉が応急措置にあたっています」
ブリッジに瞬く間に緊張が走る。
管制補佐をやっていたクレセアも思わず息を呑んでいた。

「直ちに医療班をスタンバイ、イグニス少尉の状況は!?」
しかし呆けている暇はない、すかさずアルフレッドの声がブリッジの空気を劈く。
『備え付けの救急キットを利用して処置を継続。ナイフによる裂傷、少々傷口が深い』
アルフレッドの声が聞こえたのか、今度はユーリの声が返ってくる。
「直ちに接触し、人員を送る。それまで持ちそうか?」
『恐らくは……しかし思ったより血の量が多い。迅速さを要します』
「…了解」

端から見ると鬼気迫る内容の通信である。
しかし、会話している間もユーリは決して動揺を見せなかった。
眉ひとつ動かさず、着々と止血をに取り掛かる。両手や着込んでいるボディアーマーは
既に真っ赤に染まっていたが、彼はお構いなしに傷口の縫合を始めていた。
(……僕に出来るのはここまでだ、後は副長次第だが―――)

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降下態勢に入ったホエールクルーザー。
その操縦幹を必死で握りながら、リンは背後のユーリに声をかけた。
「少尉、セイロン副長は大丈夫?」
「止血は済ませた、これから縫合を行う」
どうやら、彼も峠は乗りきったらしい。
ホエールクルーザーも、この調子なら無事に着陸出来そうだ。


ホエールクルーザーが空港に緊急着陸出来たのは、それから数時間後のことだった。
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数日後、ディーベルト連邦首都 シビーリ

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「お初にお目にかかれて光栄です、サラ・ミラン議長……
おぉ、お噂に違わぬ綺麗な面貌。私も思わず惚れてしまいそうですよ」
サラ・ミランの眼前のモニターには、ネオゼネバスの礼服を纏った眼鏡の男性がにこやかに微笑んでいる。
一見すると言動は友好的にみえるが、サラは……否、傍らに立つクリスとミラルダも、
モニター越しから漂う気迫を確かに感じ取っていた。



「久方ぶりだな、マッケンジー」
そんな中、声をあげたのは、

『あぁ、こちらこそ…その制服、中々様になってるじゃないか、アルフレッド』
「お前もな……聞けば、随分出世したそうだな」
サラ達と反対側に腰掛けるディーベルト軍の将校―――アルフレッドであった。
『そう怖い顔しないでよ、別に君をどうこうする気は無いからさ』
にこやかな表情、それでいて何処か油断できない雰囲気を兼ね備えた男
―ラフォット・マッケンジー技術少将―は、警戒心を崩さない一行に苦笑しながら呟いた。

「それで……あんたらの国、今は戦後の後処理でゴタゴタしとるんやろ?こんな時期に、技術少将が一体何の用なんや?」
しかし、クリスが間髪入れずに次なる話題を要求する。
『なに、そんなややこしい問題じゃない。ごく簡単な事です』

対するマッケンジーは、少し口籠った様に言葉を途切れさせ………そして、不意に切り出した。


『君達の部隊に、我々ネオゼネバスからの出向要員を迎え入れて欲しいんだ』

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その頃、


「無様の極みだな……」
ベッドに固定された自分の姿を眺めて、セイロンは自嘲するように唸った。

例の輸送機襲撃から、既に3日。

任務の最中に負傷したセイロンは、今は此処、フィルバンドルの病棟に入院を余儀なくされていた。

失った血の量はかなり多いものだったが、ユーリの行った処置が功を奏したのか大事には至っていない。不幸中の幸いだ。
しかし、当面は安静が必要……それが医師から告げられた結果だった。

かつて傭兵であった頃から比べると、考えられないミス。こんな体たらくだったのかと今更ながら思い知らされてしまう。

「……ブランクがこんなに影響するとは、上手くいかないものだ」

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十数年前、まだガイロス帝国に雇われて間もない頃の自分はもっと研ぎ澄まされていた。
アルフレッドと出会い、基地の陥落を経て別れた頃も、現在の愛機であるB2ライガーに
乗る様になってからも、そうした鋭敏さは失うまいとしてきた――――筈だった………


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気が付けば再びアルフレッドに誘われ、彼が指揮官を務める事になった
ディーベルト連邦主体の特務部隊の副長にまで抜擢されていた。

再び彼と共に戦える……そうした思考に、何処か期待していたのも否定しない。
しかし、隊を任され、後進の育成に勤しんでいたこの数年間は
、多忙さも相まって戦場に出る機会は若干減ってしまっていた。
思えばB2ライガーも、最近セイロンが近付く度に歯痒そうに唸っていたが……
今にして考えてみれば、あれは退屈さの意思表示だったのかもしれない。
機体整備や補給は昔と同じく自身がやっているが、十数年連れ添ったあの相棒に
寂しい思いをさせていたのかと今更ながらに痛感していた。

(……退院したら、思うままに駆け回らせてやるべきか………柄にもないがな)
愛機の色とは正反対に白く煌めく病室を眺めるも、セイロンの心の声に応える者は現れなかった………


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同時刻
中央大陸南部、フロレシオ海沿岸地区

大地を引き裂いて、甲殻類を思わせる巨大な鋏が降り下ろされる。
真下で立ち往生していた中型の恐竜型ゾイド、スピノサパーがその鋏に押し潰され、半身を砕かれながら崩れ落ちた。

『作戦終了、敵は今やったので打ち止めだ』
上空から降下してくるロードゲイルが、地中から現れた大型の機影に声をかけた。
「ん……了解」
巨大な蠍を思わせる漆黒の機体、ステルススティンガー。そのコックピットに鎮座する少女は、無機質な声色で返事をしていた。

『敵からの白旗を確認……一件落着だね』
『ふん、この程度の兵隊崩れなど俺達の敵じゃねーな』
回線越しに聞こえてくるのは、指揮車で静観する仲間とロードゲイルに乗って参戦した仲間の声。
ステルススティンガーを駆る少女と合わせて、彼等は3人一組のチームを構成していた。
そして今、手掛けていた作戦行動が終わったばかりである。


「作戦本部から緊急通信……私達全員に出頭命令?」

この出頭要請が彼女達の運命を大きく変えていく事になる―――そんな事に気付く者はいなかった…………!