邂逅
暗黒大陸 エントランス湾沿岸基地 「報告すべき項目は以上です」 若い帝国軍士官は、一束の書類を差し出した。 「うむ……ご苦労だったな、ユーリ・イグニス少尉」 彼―ユーリ・イグニス―の前に座る禿頭の男は、書類を受け取ってから目線を返した。 ヒィル・オクラ・ゴースン准将ユーリの直属の上官にして、 このエントランス湾基地の司令官である。彼はさきの暗黒大陸戦争で殉職した エドワード少将(二階級特進)の後を継いで戦後の形骸化した軍部を統制し、 15年の歳月を以て再び組織として確立させた功労者の1人だ。そして同時に、 帝国軍特殊部隊を切り盛りする司令官としてこの暗黒大陸に君臨している。 「いつもながら見事なスコアだぜ。しかも無駄が無い……俺の半分も満てねぇ癖に、中々やりやがる」 ユーリが退出した司令室で、ヒィル準将は彼からの報告書を眺めた。が、その顔に一瞬の陰りが現れる。 (ホントに『隊長さん』に似てやがるぜ……) ユーリ・イグニス少尉は、現在のヴァルハラ防衛部隊参謀であるアザレア・イグニス中将の孫である。 一部で『祖母の七光り』呼ばわりされているが、ヒィルの見る限り彼の実力は目を見張るものがあった。 今回の兵隊崩れの掃討においても1機で大小合わせて9機のゾイドを撃破している。その戦い振りは、 かつて西エウロペに消えた彼の隊長を彷彿とさせるものがある。 (けどなぁ………)そこまで考えた後、ヒィルは再び俯いた。(あいつの戦いには確かに無駄が無ぇ。 が、ちょいと無機質過ぎて寒くなってくるぜ………) 非の打ち所がないと思われる彼だが、 1つだけヒィルには気に入らない所があった…… 「あいつ、本当にマシーンみたいじゃねぇか…… 他人を殺す云々以前に自分の命に対する執着が全然無ぇ………」彼は…ユーリ・イグニスは、 戦闘となると一切の感情を遮断して、機械の様に無機質になってしまう。目的の為にただ淡々と動き、 敵の生死も味方の損害にも微動だにしない………他人に比べると、あまりに感情の起伏が少な過ぎるのだ。 こうなると、無愛想を通り越して『薄気味悪い』とさえ取られかねない。 「?」 ふと、聞こえてきた電子音がヒィルの思考を遮った。 . 眼鏡の奥の煌めきが、格納庫に佇むジェノサイドを凝視する。 その側には、ネオゼネバスのダークスパイナーに酷似した黒い機体がいつの間にか鎮座していた。 ユーリのよく知っている機体……ガンギャラドを意識して作成されたドラゴン型ゾイド『ドル・ツェスト』である。 「チェルシーの奴、帰ってきた様だな――」 「兄様〜〜〜〜〜!!」 ジェノサイドの隣に立つドル・ツェストを 眺めていると、その影から黄色い声が聞こえてきた。 見ると……濃紺のパイロットスーツを纏った小柄な少女が、 ユーリに向かって驀地(まっしぐら)に突っ込んでくるのが見えた。ショートカットの黒髪とボーイッシュな 表情が特徴の彼女は、ユーリに飛び付いてぴょんぴょん跳ねている。「チェルシー、はしゃぎ過ぎだ。自重しろ」 飛んできた彼女は、ユーリの妹のチェルシー・イグニス。兄と同じ帝国軍に属する少年兵で、ジェノサイドの 隣に鎮座するドル・ツェストのパイロットだ。多少ブラコン気質ではあるが、彼女のパイロットとしての技量は大きい。 そのため、連携も兼ねて兄と同じくエントランス湾基地に配属されていた。 「お前、もう報告は済ませたのか?それが終わらないうちは任務が継続している」 ユーリはそんなチェルシーを軽くあしらうと、顎で司令塔への入口を示した。 「あ、ううん。そうじゃなくてね………帰る途中で御祖母様から指示が出たの!ボクと兄様宛てに!!」 「一体どういう事ですか?あいつら……少尉と準尉をディーベルトに派遣するとはまた突拍子もない」 ヒィル準将は、電話の向こうの相手に向かって訝し気に聞き返した。 「はい……はい……って本当ですか!?了解しました。すぐ連絡します!」 やがて慌ただしく電話を切ったヒィルは、続いて軍本部に繋げる。 「もしもし、こちらエントランス湾基地司令、ヒィル・オクラ・ゴースン準将です!早急にディーベルト連邦に繋いで下さい―――」 「御祖母様が……どんな内容だ?」 ユーリは僅かに眉を吊り上げると、すかさずチェルシーに聞き返した。 「この前帝国がディーベルト連邦と会談したでしょ?あれに両国の軍人派遣も含まれてたんだ。 そんでもって、ボクと兄様を西エウロペに派遣するんだって言ってたの。今頃ヒィル司令にも同じ命令行ってるんじゃないかな??」 「御祖母様の命令か……」 首を傾げるチェルシーに代わって、ユーリはただ淡々と頷く。 「了解、直ちに準備を始める」 しかし数秒後、表情1つ変えずに肯定の意を示していた。その双眸は、まるで機械の様に冷徹に煌めいていた。 (我々に否定する理由は無い……御祖母様がそうしろと言うなら、従うまで………) やがてユーリは、そのままジェノサイドに向かって歩き出していった。 (しかしディーベルト……西エウロペか……………あまりフィルバンドルは好きではないのだがな……) バトストMENUに戻る 次の話へ行く