邂逅3
 
「けど、あんたも酔狂だな。いくら昔のよしみだからって、アザレア中将の孫をディーベルト軍に加えるなんて……
まぁ確かに2人ともスコアは悪くないぜ。同年輩の連中に比べたら寧ろ上玉だ」
ヒィルは極上のワインボトルを開けると、2人分グラスに注いだ。
「……70年物か、良い香りだ」
久方振りの乾杯の後、アルフレッドは呟く様に言った。
「実はな、今回の件はアザレア中将から直々の依頼なんだ……」
「あ?」
「『リード・イグニス』の思いの為にも………と言えば良いかな?」
リード・イグニス

その名前を聞いた途端、ヒィルの表情が不意に険しくなっていた。
「あいつの……?」
ユーリは、ホエールクルーザー内に設けられているサロンで一時の休息を得ていた。
隣では、クレセアがチェルシーと一緒に談笑している。
(姦(かしま)しい……)
と、ユーリは思わず眉を潜めた。

……イグニス準尉、リヴィル準尉、我々は軍人としてフィルバンドルに行くんだ。子供の修学旅行みたいに浮かれるな」
気が付くと……ユーリは険しい口調で2人を窘めていた。
「え〜〜〜?兄様ってば硬過ぎ!生まれて初めて暗黒大陸から出るんだよ、ボク達と一緒に見物とかしようよ〜〜〜」
ユーリの真意を知ってか知らずか、チェルシーは矢継ぎ早に兄に文句をぶつけてくる。
「……そういう話はやめろ、僕はフィルバンドルは嫌いだ………!!」
初めて見た時、その目には凍てついた光があった。
あの目は知っている……痛いくらいによく知っている………

『お母さん』が…私を闇から救ってくれた人が、自分の前から消え去ってしまった時………『お父さん』に助けられるまでの私の目と……
フィルバンドルで、この人は大切な何かを失った………
「く・クレセア、ごめん………兄様ってば、あそこまで言うなんて思わなかったよ〜〜………」
2人きりになったサロンで、チェルシーはクレセアに平謝りしていた。
「チェルシー……ユーリ少尉、過去に何かあったのですか………?」
暫くして、落ち着いたクレセアはチェルシーに問い掛ける。
「っ………!」
それを聞いた時、チェルシーの表情も微かに曇った様に見えた。
「…………ボク達の父様はね、15年前のフィルバンドル撤退戦で死んだんだ……」
(イライラする……!)
冷静に見えるユーリの心境は、今は荒れ狂っていた。
理由はわかっている。
フィルバンドル――自分の父を奪った都市のことを聞いてしまったから………
件の都市に配属される…そう聞いた時は、嘘と信じたかった。
しかし、夢でも嘘でもない。
これまで溢れそうになる感情を、軍人として割り切って必死で抑えてきたが、あれ以上サロンにいたらどうなるか……
それはユーリ自身にも想像つかなかった。
「悩んでいるのか?」
ふと、背後から静かな声がした。
「…!?」
不意に現れた気配に、研ぎ澄まされた感覚が戦慄する。
そこに立っていたのは、背丈の高い士官だった。
ディーベルト軍の礼服に深緑の髪が映える精悍な男で、長く伸びた前髪と鋭い左目が印象的である。
(気配が読めなかった……この男――)
「……リード・イグニス中尉の息子か」
「!?」
だが……男の放った言葉にユーリの肌が粟立っていた。
「父を知っているのか!?」
いつもの冷静さも士官同士の礼儀も忘れ、彼は士官に食いかかる。
「……かつて俺は、帝国の傭兵として参加していた。そこで知り合った―――フィルバンドルからの撤退の折に偶発した、
小規模な戦闘で死亡したと聞く」
士官は先程と変わらない瞳でユーリを見据えていた。
が……その手に、いつの間にか銀色のタグが握られていた。
「彼の最期を看取ったという者が、これを届けてくれた……だが、どうやら今の貴様はそれを渡すに相応しくないな………」
淡々とした口調で呟くと、士官はそれを懐に仕舞った。そして、何事もなかった様に通り過ぎる。
「俺はセイロン。ディーベルト軍高速戦闘部隊の副隊長だ……とにもかくにも、ガイロスとの条約に基づいて貴様を歓迎しよう………父の思いを理解したなら、またこれを奪いに来るが良い」
セイロンと名乗った士官は、その言葉と共にユーリから離れてブリッジに通じる扉に消えていった。

数時間後……
エントランス湾基地の滑走路に、ユーリとチェルシーは直立不動で佇んでいた。彼等の隣にはクレセアとセイロンの姿もある。
一行の前には、ヒィルが同じ様に敬礼して立っていた。
「それじゃ……ユーリ・イグニス少尉、チェルシー・イグニス準尉、改めて貴官等にディーベルト連邦軍フィルバンドル駐屯基地への転属を命じる!」
ヒィルは上官らしき毅然とした言動でユーリ達を見据えていた。
「……言っとくが、報告書はちゃんと週一で送って貰う――が、基本的にゃあこの任務はお前等自身のためのものだ。いちいち俺等に気を遣う事は無い………今から行くところで何を見て何を感じるか、そいつを余すところなく学んで来な!!」
そして、ユーリの双肩をばん!と叩いた。

ZAC2115年3月
ガイロス帝国はヘリック共和国、ディーベルト連邦との軍事条約に基づいて、一部のゾイドと専任パイロット2名を派遣した。
この行為は、当時はまだ瑣末な事象に過ぎない。しかし、後に彼等と仲間達はディーベルトに吹き荒れる驚異に立ち向かう事になる………
10年の平和を経て、西エウロペは再び世界の動乱に飲み込まれようとしていた………!!!
 
 
 
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