·                         第四話 フィルバンドル

 
エントランス湾を出発したホエールクルーザーは、暗黒大陸を離れてアンダー海の海上を飛行していた。
 「準尉、一つ聞いて良いか……?」
「何ですか?」
宛行われた個室にてユーリは引き継ぎ用の書類を纏めながら、傍らにいたクレセアに問い掛けた。
 「先程、自分がディーベルトについて説明した時、貴殿は『正解じゃない』とダメ出しをした。その根拠は何だ?」
正直、理解出来ない。
嫌悪しているとはいえ、事前にディーベルトに関する情報は叩き込んでおいた筈……なのにダメ出しを受ける理由が、ユーリにはわからなかった。
「ん〜〜……やっぱり、わけわかんないって顔してますね〜〜〜」
一方、クレセアは悪戯っ子の様に笑いかけていた。
「その様子だと、やっぱりデータでしか情報見てないみたいですね。図星?」
 いきなり言われた事の意味もわからず、ユーリは呆気に取られた表情で彼女を見た。
「………それがどうした?今はある程度データが揃えば一通りの知識は得られる。効率も確実性も申し分ない筈だ」
 惑星Ziにおける世界大戦が終結して5年……軍事シミュレーションや通信教育など一部の情報経験システムは、先進国においては大半がデータによる収集で占められていた。
電子技術の発達に伴って、仮想空間もより現実に近い臨場感を引き出せる様なものになっている。そのため、実戦経験に乏しい者でも英才教育メニューで訓練する事が可能となっていた。
また、シミュレーションで死ぬ危険もないため多くの軍部や企業がこれを積極的に取り入れている。
 ユーリも、普段からミッションの際の情報収集においてはこのシステムを使う事が多かった。
 「私達の国にも無い事はないですけど………でも、データは結局データ。それって自分で見た情報とは少し違うって思うんです」
「準尉………」
 クレセアの言葉はどこかか細いが、しかしユーリは何かしらの『響き』を感じずにいられなかった。
「それと、クイエルディーニやフォルナはどこ行ったんですか?主要都市には含まれてないけど、あそこも悪くないですよ」
同時刻、ディーベルト連邦 フィルバンドル郊外 陸軍駐屯拠点
整備されたハンガーには、ビガザウロの強化改修機『クラウザンドジーク』が均等に整列している。
その前方では、小振りなパラサウロロフス型の汎用機『G-リーフ』が数機、メンテナンスを受けていた。
一方、奥の方には鈍い光沢を放つ青黒いゾイドが多く運び込まれていた。
現在もディーベルトの各都市に配備されているスコミムス型主力ゾイド『ツェルベルク』をより洗練し、武装強化した様な風貌のその機体は、多数の整備士が取り付いて調整が行われている最中だった。
「『フルバック』、全機搬入が終わりました」
ラッド・アラード少佐は、部下からの報告を受けてからふぅっと溜息を尽いた。
「ん、サンキュ。パイロットの人選はじきに行うから、バックアップメンバーは17:00に兵舎に集合だ。伝えといてくれよな」
強襲部隊指揮官のラッドは、整備を受ける新型機『フルバック』の姿を見ていると……ふと思い付いた様に言った。
「そうだ、今回はミーナにも顔出す様に言っといてくれ。あいつ暇さえありゃハンガーに入り浸るから、たまには会議室の空気も味わって貰うさ」
「あ〜〜……わかりました。副班長にはそのように伝えます」
少し遠い目をしながら、下士官は苦笑した。
「ミーナの奴、また『ルーイ』の所だろうな………しゃあない、俺も行くか」
ラッドがホエールクルーザーに気付いたのは、太陽が西に傾き始めた時だった。
(……そーいや今日は帝国の客が来る日だったな。事後承諾だがちょいと歓迎してやるか)
ホエールクルーザーが滑走路に着陸し、辺りに土煙が舞う。
それを掻き分けて、乗員用ハッチが開いた。
そこから、如何にも活発そうな影が跳び出してくる。
「チェルシー、そんなに走ったら危ないですよ〜〜〜」
続いて、菫色の髪を靡かせた影が転がる様に飛び出してきた。
少し遅れて、長身の男性の影が颯爽と現れる。
「ここがエウロペ大陸………ディーベルト連邦か………」
ユーリは、乾いた風を感じながら目を細めた。
(ここで……この大陸で、父が………)
「!?」
途端に、その全身に戦慄が走った!
「殺気……?」
反射的に周囲を見渡すと、それはあった。
遠くに見えるハンガーから、モスグリーンに彩られた大型ゾイドが闊歩してくる。
(ツェルベルク……あの形状は先行量産型か………)
それを見ていたユーリは、動揺する素振りすら見せずに踵を返した。
「ジェノサイドを出す。どうやら遊んで欲しい相手を所望しているらしいな………」
ホエールクルーザーのハッチが開き、焦げ茶色の機影がゆっくり現れる。
眼前には、同じ二足歩行のスタイルを取った恐竜型ゾイド―ツェルベルク―が間を詰める様に歩いてくる。
(歩き方に隙が無い……月並みのパイロットではなさそうだな)
少なくとも、以前の兵隊崩れとは違う……ユーリは瞬時に確信した。
(武装は……ブースター連動型の2連装ビーム砲が4基、砲撃より白兵戦向きのタイプか……)
見ると…バックパックに付けられた一対のスラスターと、それに付けられた砲塔が見える。
件の敵は、ジェノサイドを凝視しながら唸り声を上げていた。
「アラード少佐め、困った奴だ……」
ブリッジの窓から様子を見ていたアルフレッドは、やれやれと言わんばかりに溜息を尽いた。
「止めるか?隊長」
傍らに控えるセイロンは、何時もの仏頂面を彼に向けて言う。
「……構わない。続けさせろ」
暫くして、アルフレッドはピシャリと言った。
「御手並み拝見……という事か?」
セイロンは表情を崩す事もなく、そう呟いた。
(イグニス中将の孫……あのヒィルも認めたという男が『シェヘラザード』の騎士…『レヴァンテイン』に相応しいか………見物させて貰おう………!)
「最も、アラード少佐には後で灸を据えてやるがな」(アルフレッド)
「……哀れな奴」(セイロン)
 
 
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