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第五話
鋼の咆哮
「あれってまさか……『ルーイ』!?」
接近するツェルベルクを見たクレセアは、ギョッとして目を見開いた。
即座に神経を研ぎ澄まして感覚を集中させる。すると……間違いない。
感じ取れるコアの周波数は、確かにラッド・アラード少佐の専用機『ルーイ』のものだった。
「ちょっ・ちょっとクレセア!こりゃ一体何〜〜〜!?」
チェルシーも、突然の事態が飲み込めずに狼狽している。
そんな中、ユーリだけは即座に格納庫に向かって引き返していた。
だが…去り際にクレセアが見たのは、先程垣間見た冷たい光……一瞬にして凍て付いた瞳だった。
(ユーリ少尉………)
一方……ジェノサイドとツェルベルクの距離は、残り200mまで詰められていた。互いにダッシュすれば1秒で詰められる距離である。
(豪胆だな、わざわざ一触即発の間合いに入ってくるとは………)
ユーリは眼前に近づくツェルベルクの動きを慎重に分析していた。
砲撃型ではなくノーマル装備となると、撃ち合いより白兵戦を意識しているといった見方になる。だが、ブースターがある分機動力は少なくない。
闇雲に撃っても、機動性にものを言わせて避けられるのがオチだ。
(乱射するのはマズイな……ならば………)
やがて、ユーリは考えを纏め上げた様に深呼吸し………次の瞬間、冷たい光を湛えた双眸を剥き出していた。
同時に、敵ツェルベルクが唸り声を上げて加速した。
「速い……!?」
すかさずスラスターを噴かして左に回り込み、コンマ一秒足らずで脇腹に照準を絞る。
(ピンポイントで撃ち抜く――!)
次の瞬間、ジェノサイドのパルスレーザーから一際太い光が放たれた。その光は脇腹を見せるツェルベルクに向かって一直線に進んでいく。
これは避けようがない………誰もがそう思っていた………
だが……
途端に、ツェルベルクは思いもよらない動作に走っていた。
死角になっていた左足1本で不意に踏ん張りをかけたのだ。それと同時にモスグリーンの巨体が左足を軸にして大きく反転する。
ジェノサイドの放ったパルスレーザーは空を切っていた。
(このパイロット、戦い慣れしているな……二足歩行型の特性を熟知している!)
これにはユーリも驚きを隠せなかった。
ティラノサウルス型を代表とした二足歩行型の大型ゾイドは、強靭な下肢2本を主軸にして立っている。このため高速走行には向か
ないが、四足哺乳類型ゾイドよりも強い下肢と関節を備えている。
その足関節の強靭さを利用して全身を急速反転させたのだ。理論上可能とされているものの、パイロットにかかるGやバランス調整に要する反射神経を鑑みると、そう実行出来るものではない。
しかし…このツェルベルクはそんな事を易々とやってのけた。その事実が、手練れである事を物語っていた。
「ならば…白兵戦で確実に仕留める」
ジェノサイドは、懐に飛び込もうとしたツェルベルクを視認すると……一瞬早く体当たりを食らわせた。
「凄い……あのツェルベルク、兄様とまともに張り合ってるよ…………」
ホエールクルーザーに避難したチェルシーは、ブリッジから戦いを眺めていた。
「クレセア、ボクも出る!」
やがて、切羽詰まった様子でチェルシーは飛び出していった。
(飛行ユニットはまだ無いけどドル・ツェストと一緒なら――)
「やめておけ」
しかし、寸前で別の声がした。
アルフレッドだ。
「あのツェルベルクは戦闘に慣れている。しかも、乗ってるのは隊を任せるエースだ。イグニス少尉が如何に戦い慣れしているとはいえ一筋縄ではいかないだろう……巻き添えを喰らいたくなければ大人しくしていろ」
アルフレッドは表情を変えずにクレセアとチェルシーを制していた。
「お父さん………」
同時刻、施設内格納庫
「あ、副班長!」
ややだだっ広い格納庫に、声が響き渡る。
「あれ?ルチアちゃんじゃないですか、どーしたんです??」
振り返ったのは、青みがかった髪を一部リング状に纏め上げた女性であった。煤だらけの作業着と手にしたスパナ、それから童顔な顔付きの彼女は、額の汗を拭いながら候補生に言った。
「どーしたじゃないです!何でルーイが?ていうか何でアラード少佐が戦ってんですか!?しかもあれ、もしかして帝国からの候補生じゃないんですか!?下手したら国際問題ですよ〜〜〜!!!」
候補生の服を着た少女は、半ばパニック状態で整備士に毒づいた。
「大丈夫だよ。ラッドさんもルーイも久々に息巻いてたし、絶対元気で帰ってきますよ〜〜お嫁さんの私が言うんですから絶対だもん♪」
副班長と呼ばれた童顔の女性は、慌てる少女とは対照的にゆったりした雰囲気で応えていた。
その頃…
ジェノサイドとツェルベルクの戦いは熾烈を極めていた。
一撃離脱で牽制するジェノサイドに対し、素早く応戦するツェルベルク。
拮抗する2機の装甲には、時間と共に無数の擦過傷が刻まれていく。
互いに隙は見せず、しかし微々たるものながら確実にダメージを与えていく……その戦い方は一見闇雲に見えていたが、数多の経験に裏打ちされた的確な動きだった。
(何故だ………?)
そんな中、ユーリは胸の奥に沸き出した疑問を察知していた。
(僕のシミュレーションでは既に行動不能になっていてもおかしくない筈……このツェルベルク、何故ここまで動ける………?)
ユーリが懸念するのも仕方ない。
如何に一撃離脱を取ってるとはいえ、ジェノサイドの近接戦能力は他の大型ゾイドに引けを取らない。ましてやこの機体は各駆動系を強化し、白兵戦能力や反射を底上げしている。如何に頑丈なツェルベルクとはいえ堪えられるものではない。
なのに………
(これだけ各部にダメージを与えているにも関わらず、まだ立ち上がるか……)
今までの掃討作戦や模擬戦だと、最初の攻撃で大抵は終わっている。しかし、このツェルベルクはいくらダメージを与えても倒れる気配が無い。寧ろ、邂逅する度に闘志が増している様な気迫さえ見出だせる。
「面白い……ジェノサイド!」
知らぬ間に、冷徹だったユーリの表示が燃え上がる用に紅潮していた。
「確かに……噂通り、将軍の七光りではなさそうだ……………」
アルフレッドは短くそう呟くと、不意に席を立った。
「少し荒療治だが、そろそろ洒落にならないな……クレセア、イグニス準尉、協力してくれ」
意味深なアルカイックスマイルを浮かべた彼は、チェルシーを促すとブリッジを後にした。
「あちらへの連絡は俺がしておく。隊長は奴等を頼む」
去り際に、セイロンがそう言うのが解った。
ドッ!!
突然、目にも留まらぬ速さでジェノサイドが疾走する。
(戦法を変えた!?)
ツェルベルクのコックピットに座るラッド・アラードは、眼前のジェノサイドが示した突然の動きに一瞬驚いた。
今まで細やかに一撃離脱をしてきた相手が、いきなり猛スピードで迫ってきたのだから。
「『ルーイ』!!」
とっさにラッドは愛機に呼び掛けると、迫り来るジェノサイドを迎え撃ちにかかった。
ガッ!!!
途端に、思いがけない事が起こった。
突撃してきたジェノサイドにダークグレーのしなやかな影が飛び掛かったと思うと……一瞬にして叩き伏せてしまったのだ!
「へ??」
予想もしない展開にア然とするラッドであったが、打ち倒されたジェノサイドはシステムフリーズしたのか動かなかった。
同時に、自機のセンサーが警報を鳴らす。
「………あり?」
ラッドが目を懲らして側面を見ると………
『ラッド少佐、さっきから何やってるんですか!!』(クレセア)
『兄様に喧嘩売ってる!?売ってるよね!!これ以上のやんちゃはボクが許さないよ!!』(チェルシー)
そこには見覚えのあるサーベルシュミットと、怒りの念を滾らせたドル・ツェストが揃って銃口を向けていた。
「ほらね。ちゃんと無事に終わっちゃった♪」
一部始終を見ていた女性は、訓練生の少女に向かって笑いながら呟いた。
「た・確かに………」
少女は狐に摘まれた様に振り向くと、半ば硬直した顔を女性に向けていた。
「……って、そうじゃなくて―――はむっ」
更に口を出そうとした少女だったが、女性の人差し指でその口を塞がれていた。
「私はラッドさんも『ルーイ』も信じてたよ。みなまで言うな―――かな?」
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