·                         第六話 シェヘラザード(物語紡ぐ乙女)(前編)

 
東方大陸

 

ディーベルト連邦の存在するエウロペ大陸からは、離れた位置にある大陸である。

中央大陸や暗黒大陸を中心とした戦火の歴史からは掛け離れていたが、彼の地は巨大企業の恩恵によって今なお潤い続けていた。

だが…彼等の台頭は、別の対立図式を生み出してしまっていた。
 

企業の派閥抗争である。

 
東方大陸の巨大企業『ZOITEC(ゾイテック)』。

かつてはこの派閥が大陸内の実権を握っていた。

だが……第二次中央大陸戦争の開始以降、彼等の一元化された統制に陰りが見え始めた…………
 

第二次中央大陸戦争中盤、企業内の一部過激派が突如として離反。ネオゼネバスの後ろ盾を得た彼等は、新たな企業『Zi−ARMS(ズィーアームズ)』を立ち上げた。

 
巨大とはいえ民間企業に過ぎなかったZOITECに対し、純然たる軍事企業としての路線を進むZi−ARMS。しかし、当時はZOITECの1/4に満たない希望であったため、本社の中に彼等を警戒する者はそう多くなかった。


それがいけなかった………
 

劣勢に転じたネオゼネバスは、秘密裏にZi−ARMSに強力な兵器やブロックスの開発を委託。過剰ともいえる生産ラインは、瞬く間に企業力をZOITECの6割近くにまで引き上げていった。

一部の幹部は危惧していたものの、Zi−ARMSの異常な台頭に上層部が気付いた時には既に遅かった。その時には、相手はもはやZOITECと大陸を二分する企業へと膨れ上がっていたのだから………

 

東方大陸沿岸都市『アルファシティ』

日光差し込む摩天楼の会議室に、数人の人影が見える。
 

……んで、頭でっかちのお偉いさん達はあたし等に何させようってんだい?」

ビジネススーツを纏った背の高い女性が、気怠そうに顔を上げる。

「まぁまぁ、そう急かさずともじきに解りますよ」

彼女の側にいる白衣の青年が、苦笑しながら応える。

……ったく、私は短気なんだ。一方的に呼び出しやがって、ちっとは早急に報告しようって気遣いは無いのかい??」

あからさまに不快感を顕わにして、女性は毒づいた。

「それはそうですが――」

 
「癇癪起こすと皺が増えるぞ、年増」

途端に、女性の正面にいた男が口を挟んだ。

………随分な事言うじゃないか、痩せ狐――あ“?」

そして、女性の蟀谷(こめかみ)に見る間に青筋が走る。

「フン……かつての『鬼の爪』も、自分の顔に皺寄るのが怖いか。こいつぁ傑作だ」

女性の心境を知ってか知らずか、痩せこけた男はクックックッと含み笑いを漏らしていた。
 

「あんた等なぁ……ったく、初対面でこれじゃあ先が思いやられるぜ………」

そう漏らしたのは、2人よりまだ幾分か若い風貌の男だった。下顎に左右対称に刻まれた、短い線状の模様が印象的な男である。
 

「俺等は『アラウンド』の実験協力のためにZi−ARMSに雇われたんだ。ボスが来る前にこれじゃ勝てる戦争も勝てねぇぞ!」

若い風貌の男は、やや苛立った様子で机を叩いた。

 
「そう……確かに、私がいないと始まらないわね………」

微かな声がしたのは、その時だった。

その場にいた一同が入口の方を向くと……いつの間に現れたのか、そこには人影が立っていた。

 
………2年振りかしら、『死を呼ぶ鎌』に『獰猛なる虎』。そして……初めまして、『鬼の爪』」

 

西エウロペ大陸 フィルバンドル郊外、ディーベルト連邦軍駐留基地

 「ふん!」

アルフレッドの掛け声に合わせて、1人の士官が回転しながら床に叩き付けられる。

 ズダン!

「ぐは!」
 

投げ飛ばされたのは、先程ユーリに仕掛けてきたツェルベルクのパイロット……ラッド・アラード少佐である。

 
「この後召集をかけているだろうから、今回はそれで勘弁してやる。仕置き人がクリスじゃないだけ有り難く思え」

アルフレッドは服の裾を直すと、大の字で転げているラッドを起こした。

「っ痛〜〜〜準将、ちょっとは手加減して下さいよ。受け身取れなかったら背骨砕けちまいますって」

ラッドはぐわんぐわん鳴る頭を抱えて、自分の上官に抗議する。

 
「たわけ、クリスならこれに加えて関節技フルコースは確実に来ているぞ。それに、突発的とはいえイグニス少尉の力量はある程度測る事が出来た……それを鑑みて、大目に見たつもりだが」

「そ……そりゃ余計生々しいですね………なははははは」

何を想像したのか、ラッドの表情が少し青ざめていた。
 

「イグニス少尉、君もだ。確かに判断力は目を見張るところがあるし、戦闘のセンスも高い水準だと言える………しかし、我が軍の士官と殺し合いをしろとは誰も言っていない。あの場で私やクレセア達が止めに入らなければ、確実にどちらかが致命傷になっていた………!」

一方、アルフレッドは今度は直立不動で立つユーリに向き直った。

 
……申し訳ありません。この失態はいずれ……!」

ユーリはアルフレッドを見据えると、目を逸らさずに言った。

……良い目だ。期待している」

 
「そ・そんじゃ俺はこの辺で………」

ラッドは青い顔のまま、そそくさと施設を後にした。

「ダメですよ、ラッドさん♪」

「アラード少佐、全部見てましたよ」

………途端に後ろから、誰かに掴まれた。

「あ・ありゃ?ミーナ????」

ラッドを掴んでいたのは、ディーベルトの士官服を着た女性と訓練生の服の少女だった。

「ラッドさん、司令官さんに引きずられちゃって〜〜〜心配しちゃいましたよ〜〜〜〜。さ、もうすぐフルバック達のパイロット選抜認定やるから、小隊長のラッドさんがいないと始まらないですよ」

青い髪のおっとりした女性は、慈母の様な笑みを称えて……ラッドを羽交い締めにしていた。

 

「ミーナ・アラード副班長、すまんな。少しばかり君の亭主を借りてしまった」

アルフレッドはミーナと呼ばれた女性に気付くと、軽く会釈していた。

「いえいえ、ラッドさんとルーイが悪ふざけしてたのがいけないんですよ〜〜そうそう、今からルチアちゃんも含めてパイロット選抜に行くんです………多分、そこから更に選抜すると思うんですが」

「成る程な……わかった。後でセイロンを寄越すが、大まかな人選はそちらに任せる」

屈託のないミーナの笑顔に、アルフレッドは冷静な表情で返す。それを見たミーナは、乙女さながらに微笑んだ。

 
「さて……実は先日、共和国からのメンバーも到着した。イグニス少尉、イグニス準尉、2人と顔を合わせておいても良いだろう………これから先、同じ釜の飯を食する仲間だからな」

ラッドやミーナ達が去った後、アルフレッドはユーリとチェルシーに向かって言った。

1つ宜しいですか?」

そんなアルフレッドに、ユーリが疑問を投げ掛ける。

「何だ?少尉」

「帝国、共和国、ディーベルトの真意は何なのでしょう?我々をわざわざ転属させ、各国のメンバーと一つ所に集約させる………まるで、少数の多国籍軍を編成している様に見えるのです」

ユーリはいつの間にか、射る様な視線でアルフレッドを見つめていた。

 
「貴方達や御祖母様は、一体何を考えているのですか………?」

 

 
「エリカちゃんってば〜〜〜そんなに怒らないでぇ〜〜〜」

後ろでオドオドしながら追い掛けてくる同僚を尻目に、エリカ・チェンヤン少尉は不機嫌丸出しで歩いていた。

「怒るなだと!?人が着替えてる時にいきなり入ってくる馬鹿に言われたくないわ!!」

頭から湯気を噴き出しながら大股で歩いていくエリカ。それを見ると、とても18歳には見えない。

「ふえ〜〜っ、まさかお着替えの最中だったなんて思わなくって〜〜〜」

ついて来るのは……栗色の髪に可愛らしいリボンを付けた、大きな眼鏡の少女である。

「ぁ…でもでもエリカちゃん、見た事ないブラジャーしてたわね?ニューモデルかしら??」

 
ごきん!!!
 

次の瞬間、眼鏡の少女は後頭部を押さえて蹲っていた。

「リ〜〜ン〜〜〜〜今度私の下着の話したらタダじゃおかないからな……(怒)」

「ぶってから言っちゃヤなの〜〜〜」

盛大に相方をどついたエリカは、顔を真っ赤にして兵舎から駐屯基地に向かっていった。


(全く……ミンリー姉さんもシンシア大佐も何考えてるんだ!私をこんな僻地に送るなど馬鹿げている………!!!)
 
 
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