·                         第七話 シェヘラザード(物語紡ぐ乙女)(後編)

 
「…?」

ユーリはふと、扉の向こうから近付いてくる気配に気付いた。

2人………足音が軽いな、女か………)

 

眼鏡を上げると、アルフレッドに視線を向ける。

「心配ない。彼女達だな……」

アルフレッドは静かな口調でそう言った。

 
程なくして、眼前の扉が開かれた。

 
「ヘリック共和国軍少尉、エリカ・チェンヤン。同軍曹、リン・ベルリッティ。アルフレッド・I・リヴィル準将の命により出頭しました!」

現れたのは凛とした雰囲気を漂わせるポニーテールの少女と、その後ろから怖ず怖ずと現れた大きな眼鏡の少女だった。

 
「イグニス少尉、イグニス準尉、紹介しよう。彼女達が共和国からの選抜パイロットだ」

少女達を見たアルフレッドは、ユーリとチェルシーに彼女達を紹介する。

 
「チェンヤン……なるほど、ミンリー・チェンヤン技術主任の親族か」

エリカと呼ばれた少女を見て、ユーリは瞬く間にその正体を看破する。

……ん、お前達が帝国からのパイロットか?」

一方、エリカはユーリの刺す様な視線に気付いたのか、彼を軽く睨んだ。

「ガイロス帝国軍少尉、ユーリ・イグニスだ。集められた用途は不明だが、以後お見知り置きを。少尉」

一方、ユーリは普段通りに礼を返していた。

「あ、あぁ……こちらこそ宜しく、少尉」

エリカもそれを見て、狼狽しながらも敬礼を返していた。

 
「あ・あの……リン…リン・ベルリッティ軍曹です。少尉さん、よろしくお願いしますですぅ……」

今度は、大きな眼鏡の似合う少女がユーリ達の前に進み出た。

――はわわ!?」

が、途端につんのめってユーリにもたれ掛かる。

ユーリはすぐにその華奢な身体を支え上げた。

「に・兄様!?」

チェルシーがびっくりして駆け寄る。が、既にユーリはリンを抱き寄せていた。

 
「あわわわ……ユーリ少尉、中々大胆ですよぅ〜〜〜」

端から見ていたクレセアは、目の前で繰り広げられたドラマの様な出来事を赤面しながら見ていた。

……色恋の類を抱かない事だな、少尉………事実を知ればショックが大きくなる」

しかし、隣にいたアルフレッドがピシャリと呟いていた。

「はぇ?どーゆー事?」

チェルシーはそれを聞き付け、興味津々の表情でクレセアとアルフレッドに迫った。

 
「あ、チェルシーは初対面だから知らないんですね。実は軍曹―――」

 
ユーリに抱き抱えられたリンは、彼の鼓動を一身に感じていた。

(わ、暖かいなぁ…………)

いつの間にか、リンの手はユーリの服の裾を掴んでいた。が………

その手はやんわりと払いのけられていた。

 
「生憎だが、僕は“男“にときめく主義は無い」

衝撃的な一言を添えて………

 
(ばっ…バレた!?)

ユーリからの唐突な言葉に、リンは驚きを顕わにしていた。(といっても、その姿は完全に少女にしか見えないのだが)


「確かに端から見たら気付かないだろう……だが、微細な違いや骨格の相違は隠せない」

しかし…よく見ると微かに喉仏が見える。

(ほぅ…中々やるな、初対面でリンの微細な相違を見抜くとは……流石、帝国から選抜されただけの事はある)

エリカは、微かな違いを一瞬で見抜いたユーリを興味深気に見ていた。

(暗黒大陸人にしては、中々面白い奴だ……)

いつの間にか、口元が微かに笑っていた事にも気付かずに………

「あ、エリカちゃん。面白い事でもあったんですか?」

ふと、耳元でクレセアの声がした。

「クレセア……さぁな、私にもわからん」

 
同時刻、ディーベルト軍兵舎

 
「我々に割り当てられたフルバックは20機……そのパイロットは、諸君達訓練生から募る事になる。こいつは重大な事だぜ」

ラッドとミーナは、目の前に座る60人あまりの若人を見渡して言った。

それと共に、兵舎はざわつき始める。

 
無理もない。共和国がチューンした最新鋭の機体をこの手で操縦出来るのだ、興奮しない方が難しい。それも大半が十代の血気盛んな者とくれば尚の事である。

 
「それじゃ……あの子達のパートナー、発表しますね♪」

やがて、ミーナの無邪気な声が兵舎に響き渡った。

 
.

同時刻、ガイロス帝国首都ヴァルハラ近郊 イグニス邸

 
「そうですか……ご苦労様でした、ヒィル準将」

執務室に陣取る老女は、モニターに映るヒィル準将に向かって軽く微笑んだ。

[は……しかしアザレア先生、貴女はそれで良いんですか?]

老女とは対照的に、ヒィルは狼狽を隠せない様子。しかし老女―アザレア・イグニス―の顔には毅然とした貫禄があった。

 
「そうね……少なくとも今は、綺麗事を言ってる場合じゃないわ。事態はそれだけ切迫している……だからこそ、これまでの体制に捕われない新たな精鋭が必要となるのよ」

[各国の少数精鋭による、独立連合部隊……まさか本当(マジ)に『シェヘラザード』が必要になるなんて、あんまし良いもんじゃないですね…………]

モニター越しのヒィルは、苦虫を噛み潰した様な顔で呟いていた。

「私達、惑星Ziの人間…その多くの犠牲の果てに得た平和……それを維持するには、いつだって誰かが汚れ役を買わねばならない。

きっとアダールやクリス、それにリードなら、あの子(アルフレッド)と同じ結論を出すわ………」

[息子の代わりに孫がその役目を負う………軍人としちゃ名誉だが、複雑なものですね…………]

アザレアは、かつての教え子の声に初めて顔を伏せていた。

 
「そうね……こんな人でなしでも、やはり思うところはあるもの…………」

 
 
2日後、西エウロペ大陸 フィルバンドル駐屯基地

 そこには、数名の年若い面々が集められていた。

大半は整備士やバックアップ系技師の服装が主だが、その中に他国の軍服がちらちら見え隠れしていた。

ガイロス帝国とヘリック共和国のパイロット達である。

その中には、エリカやリン、ルチア、それにクレセアやセイロン、ユーリ達の姿があった。

 
「ねぇねぇ兄様、これ一体何なの??」

待機するのに待ちかねたのか、ユーリの側にいたチェルシーはこっそり耳打ちする。

「恐らく、これが先日の答え―――御祖母様と準将の真意なんだろうな………始まるぞ」

しかしユーリは微動だにせず、ただ黙って檀上を見つめていた。

やがて、赤と黒の礼服を纏ったアルフレッドがゆっくりとその場に立った。

 
『皆さん…私はディーベルト連邦軍準将、アルフレッド・I・リヴィルです。まずはこの兵舎に集まってくれた事、感謝致します………そして明かしましょう。貴方達を募り、この場に集めた理由を』
 

アルフレッドは眼前に集まった20人以上の人間を見ながら神妙に切り出した。

 
『この国……ディーベルト連邦は、本来は大国の進攻からの独立を求めた人々によって生み出されました。

当初は利権を求めた過激派の独走が共和国の介入を許し、解体を余儀なくされた歴史もありますが、それでも平和を求めた人々が諦めなかった結果……今この瞬間は、その歴史の上に確立されています』
 

そこまで言った時、アルフレッドの後ろのモニターが不意に明るく照らされた。

『ですが、聞いて欲しい……驚異は未だ過ぎ去っていないのです!』

モニターに映っていたのは、銀色に煌めく小柄な恐竜型ゾイドだった。
 

……確かに中央大陸の戦乱も最早過去のものとなり、世界は平和に向けて歩み寄りつつあります……ですが、戦乱の火種はまだ世界各地に散らばっているのが現実です。

私は過日、ヘリックやガイロスとの会談を経て、この火種の危険さを知りました。そして、その要因を解決していく必要性を感じました』

(あれは、『アルバンの反乱』で導入された無人ブロックス……)

ゾイドの正体を一瞬で看破したユーリは、何かに気付いた様に目を細めた。
 

(そういう事か、ならば各国からパイロットが集められたのも納得出来る………全く、機械には手に余る任務だな)

 
『表向きは連邦軍第35実験部隊として機能するが……今この時を以て、国際特務部隊『シェヘラザード』を結成する!各員、各々の志しを胸にしての健闘を祈る!』

鋭い締め括りの後、集結した全員が鋭い敬礼を返していた。
 

(ディーベルト連邦主体による国際特務部隊。そのコンセプトは各国の驚異となりうる要因に介入し、摘発する事………確かに一筋縄ではいかないか)

現在、東方大陸でZi−ARMSの台頭が危惧されている中、下手をすれば新たな火種となりかねない。

しかし、火種を放っておくとなるとその後の混乱は計り知れないものとなるだろう……

 
「良いでしょう。この任務、確かに承ります!」

 
ユーリは、いつの間にか口元が綻びている事に気づかずに檀上を眺めていた。
 

ZAC2115年

Zi−ARMS台頭を危惧したディーベルト連邦は、ヘリック共和国、ガイロス帝国との実験部隊を兼ねた国際特務部隊『シェヘラザード』の結成に至った。

かつて戦いに翻弄された国で、後の未来を憂いた人々は平和を願い続ける。例え、それが矛盾した事だとしても………
 

…数々の意志をも飲み込んで、新たな風が吹き荒れようとしていた………!!
 
 
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