第九話 銀砂の海の戦場

 
低空飛行を始めたホエールキングの腹部がスライドし、薄紫の飛行ゾイドが姿を覗かせる。
「こちらエリカ・チェンヤン、発進する!」
鋭い声と共に、ファルゲンが空に舞い上がっていた。
 
間髪入れずに、今度は3機の恐竜型ゾイドが腹部ハッチから現れた。
「こちらユーリ・イグニス。ジェノサイド、出撃(で)る」
「チェルシー・イグニス。ドル・ツェスト、行くよ!」
[拘束解除!]
兄妹の声とブリッジからの声が重なった瞬間、2つの巨体がハッチの後方に放り出される。
後ろ向きに飛び降りる形となったが、ユーリは素早くバランスを取って着地させていた。
遅れてチェルシーもパラシュートを開き、即座に切り離して着地した。
[フルバックは各機の砲撃支援を!準将!!]
  
ホエールキングが減速した時、今度は口腔が開く。そのカタパルトには、青いしなやかなる影と濃褐色の影が見える。
「右翼に先行する。クレセアはジェノサイドと合流、イグニス準尉とベルリッティ軍曹は私の直掩(ちょくえん)に回れ………
こちらアルフレッド・I・リヴィル。クライジェンシーティーガー、出撃する!!」
同時にカタパルトが動き出し、濃褐色の影が銀砂の海に着地していた。
「リン・ベルリッティ。コマンドウルフ、出るわ!」
「クレセア・I・リヴィル。サーベルシュミット、行きます!!」
数十秒後、コマンドウルフACとサーベルシュミットもホエールキングから飛び降りていた。
 
「各自、ミッションを開始せよ!」
その号令と共に、全ての機体が動き出した。
 
「な・何だ!?こんなの聞いてないぞ!!」
男は、突然彼方から現れたホエールキングに度肝を抜かれていた。
(本社からの指示はこいつらの実戦テストの筈―――あのガキ、嵌めやがったな!!!)
苛立ち憤るが、既に回線は切られている。
「クソッタレが……相手は数機、数で潰してやる!!」
 
 無人ブロックスの中から、ダークグリーンの機体が身を起こす。
その途端、小型の尖兵達は行動を開始した。
 
「まずは……一発!!」
ホエールキングの腹部に待機するルチアは、即座に照準を取る。
眼前には、銀色の躯体を煌めかせて前進するゾイド部隊が見える。
(射程まで残り………5、4、3、2、1………)
「ファイアーーー!!!!」
 
ルチアは、自分の合図に合わせてトリガーを引き絞る。同時に
ハイブリッドキャノンからビームと超速の実体弾が放たれていた。
 
「いい狙いだ……散開!!」
フルバックの砲撃の瞬間を見ていたアルフレッドは、即座にクレセアとリンに指示を飛ばす。
それと同時にクライジェンシーも反転させていた。
その近くに迫る敵部隊に、火線が直撃。瞬く間に7、8機が轟音を上げて四散した。

「っ!!」
横合いから銀色の敵機が襲い掛かる――それを察したクレセアは、
すかさずヒートブレードで腕と砲塔を切り落とした。
その側面から迫る敵に、コマンドウルフが砲撃を食らわせる。
 
(中々連携が取れている様だな……さて、あちらはどうなるか?)
ずば抜けた機動力で敵を圧倒するクライジェンシーは、殲滅に向かってくる敵を数機同時に粉砕する。
「気をつけろ、1機潰したらトレースして新たに群がってくるぞ!」
 
「チェルシー、準将達の支援を任せる。こちらは引き受けた」
ユーリは、眼前に向かってくる無人ブロックスを冷たい双眸で見据えて言った。
「あんな『機械』に手を煩わせる事はない……行け」
[あ…うん!兄様も気をつけてね!!]
ユーリに促され、チェルシーのドル・ツェストは遠ざかる。それを確認してから、ジェノサイドは向き直った。
(殲滅戦は、こいつの土俵だ………!!)
 
予想通り、取り残されたジェノサイドに無人ブロックスが群がってくる。しかし、
ユーリは動じる事無く両脚部のアンカーを下ろした。そして口を開く。
早くもその中には冒涜的な光が満ち始めた………
 
「マルチロックオンシステム、起動。照準、前方の敵……」
ディスプレイには数十の光点が表示され、1つ1つに照準がマークされていく。
その間も、ジェノサイドの口腔に光がちらついていく。
 
「チャージ終了……拡散荷電粒子砲、斉射(フルブラスト)………!」
ユーリは、冷たい光を宿す瞳で躊躇いなくトリガーを引いた。

ジェノサイドの口から放たれる光が、無数の矢と化して降り注ぐ。
迫ってきた無人ブロックスは、瞬く間に火達磨と化して崩れ落ちていた。
 
「全体の45%を殲滅……後はあれか………」
しかしユーリは、それに一瞥すらせず目の前の獲物を捕らえていた。
「カルベルツァ系統……あの形状は恐らく『フランカー』だな。察するに指揮制御系を強化したと見える…………」
狩人の様に、その双眸は標的を捉えて逃さない。しかし、その周囲には砲撃タイプの無人ブロックスが控えている。
(あれが邪魔だな………)
しかし、ここからでは距離があり過ぎる。かといって、
迂闊に近付けば砲撃の的にされるのが関の山だ。
(悪くない布陣だが、その分手こずるな……単独では不安要素が大きすぎる……)
先程、チェルシーを皆の援護に向かわせた手前、1人で片付けるつもりではあった。しかし、戦場で意固地になるのは危険であった。
 
「ぶっ飛べーーー!!」
ドル・ツェストの尻尾が、横合いから迫る無人ブロックスを吹き飛ばす。
続けて、一瞬まごついた正面の1機を捕らえて噛み砕いた。
「各員、司令塔を見付けて無力化せよ!人海戦術に持ち込まれる前に片付ける……!」
アルフレッドの号令のもと、ドル・ツェストとコマンドウルフが果敢に応戦する。
少なくとも、各機に大きなダメージはない様だ。
逆に、迫り来る無人ブロックスは徐々に数を減らしていく様に見える。
これなら司令塔を見付けるのも時間の問題だろう………
 
(真っ当な指揮官なら、本丸に戦力を集中させる………可能性があるのは左翼側か………)
左翼はユーリとクレセアが担当している。相当な相手でない限り危惧する事はないだろう……
だが、何かが……何かが起こりそうな………
そんな胸騒ぎをアルフレッドは見過ごす事が出来ずにいた。

「あれは……少尉のジェノサイド!?」
チェルシーと入れ代わりに左翼に向かったクレセア。そこで目の当たりにしたのは……
 
無人ブロックスの屍を踏み締めて前進しながら砲撃するジェノサイドの姿だった。
機械の様に隙の無い細やかな動きで、全ての砲塔が的確にコアを潰していく。
立ち向かう無人ブロックスは、まともに抵抗も出来ずに次々と残骸と化していった。

一瞬、ルーイと戦う直前に見せた冷たい瞳が脳裏をよぎる。
 
「少尉……!」
クレセアは、その光景で確信した。
今のユーリは完全な殺戮兵器(キラーマシン)になっていると………!!
如何なる状況であろうとも、今までパイロットやゾイドを殺さずに戦ってきたクレセアとは真逆の戦い……確実にコアばかりを狙う姿は、信じられないものがあった。
(あれが……ユーリ少尉なの………!?)
 
ピーーッ!ピーーッ!ピーーッ!!!
 
それに気を取られた一瞬……彼女の耳に、警報が鳴り響いていた!!
(ロックオンされた!?)

「リヴィル準尉、来たか……」
視界に捉えたサーベルシュミットを見て、ユーリは小さく呟く。
それに反応する様に、フランカーの周囲にいた砲撃タイプが一斉に明後日の方を向いていた。
 
「ジェノサイド……!!」
一瞬、無人ブロックスや砲撃タイプ、
そしてフランカーの注意がサーベルシュミットに向けられていく。
 
ユーリはその一瞬を逃さなかった……!

素早くスラスターを全開にして、焦茶色の影が銀砂を撒き散らしながら突撃する。
同時に、背中のパルスレーザーが砲撃タイプ2機を貫いて沈黙させた。
残りの砲撃タイプも慌ててジェノサイドを迎え撃つが、
近距離で繰り出す爪と牙が瞬く間に引き裂いてしまう。
そして……ジェノサイドは勢いを殺す事なく眼前のフランカーに襲い掛かった。
 
「あいつ、何を!?」
上空から支援をしていたエリカは、次々に無人ブロックスを破壊するジェノサイドに驚きを隠せなかった。
砲撃も白兵戦も、ただの一撃で急所を突いて破壊していく………それはまるで、場慣れした外科医が病巣を排除する様に的確で、そしてとても恐ろしく見えて仕方なかった。
 
しかし、その先にいる青いサーベルシュミットを見て、エリカは再びギョッとしだ。
(クレセア!?)
このままでは、サーベルシュミットが流れ弾に当たってしまう。
あいつは恐らく躊躇いなく撃つ………直感的にエリカは確信してしまった。
「イグニス少尉、やめろ!撃つなぁーーー!!!」
 
薄紫のファルゲンが降下してくる。それを一瞥すると、ユーリは回線を開いた。
「チェンヤン少尉、砲撃タイプを引き付けろ。その隙に本丸を潰す」
それだけ言うと、回線を切ってパルスレーザーの砲塔を向ける。
 
(他愛もない………)
「ユーリ少尉、だ―――」
そして、トリガーを引いた。
 
横面を狙われたフランカーは、頭を……コックピットを貫かれた。そのままバランスを崩し、前のめりに崩れ落ちる。
遠目から見てもわかるが、コックピットのある上顎には
灼熱のレーザーが直撃している。パイロットがいるなら間違いなく即死しているだろう。

 
「ぁ………っ………くはっ…………」
息が荒くなっていく……
ユーリ少尉がフランカーを撃ち抜いた瞬間から、動悸と呼吸が止まらない………
 
『あの時』と同じだ―――!
お母さんが死んだあの時の自分と―――
 
上顎から先を失い、倒れていくフランカー。
ユーリは、先程とは違った無表情でそれを見下ろしている………だが、
その表情には少しだけ苦い色が混ざっている様に見えた………
 
開きっぱなしになった回線から、小さな嗚咽が聞こえてくる。
それに割り込む様に、微かな怒声が耳を突く。
それらをBGMにしながら、ユーリもジェノサイドも暫く佇んで動かなかった。
 
いつの間にか、太陽は砂塵の影に沈み始めていた………
砂漠に無数の骸を照らし出しながら………




 
 
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