第十話 それぞれの帰還

 

夕闇が立ち込める空を、濃紺のホエールキングが航行する。
フィルバンドルへの帰路を急ぐ者達は、ある者は安堵し、ある者は報告書に取り掛かる等
各々の目的で動いていた。
しかし……この3人だけは、異質な空気を纏っていた。
 
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「一体何考えてるんだ!!えぇ!?」
ユーリの胸倉を乱暴に掴むエリカは、怒りを剥き出しにして彼を問い詰めていた。
「よりによってクレセアの前で人殺しをするなんて、よくもそんな事が出来たな!
しかも射程距離にいるにも関わらず撃つなんて……あの子を見殺しにしたいのか!!!」
「だからどうした……僕はあくまで無駄のない手段を取っただけだ。
あの状況なら司令塔を潰すのが1番効率的だろう?」
他には誰もいなかったが、エリカは近寄り難い雰囲気でユーリを睨んだ。しかし彼は微動だにしない。
「それに、戦争とは煎じ詰めれば『殺し合い』と同義。それをやる以上、誰しも死ぬ覚悟はある……
そう思ったからこそ躊躇いなく撃っただけだ。それの何処がいけない?」
「だがな!仲間が射程にいるのに撃つ奴がいるか!!!」
首根っこを掴まれているユーリは、
いつもと変わらない冷静な表情でエリカと隣でおろおろしているクレセアを一瞥する。
 
「何故だ?戦場においては全てが『駒』でしかない。こちらから捨て駒を出さねば勝てない事もある……
それとも、人が死ぬのは初めて見たのか?僕など既に百人は殺しているんだがね―――」
「っ――やめろと言ってるんだ!!次に下らない事を言ったらその口縫い付けるぞ!!!」
皮肉とも嘲笑ともつかぬ表情を浮かべるユーリ。それとは逆に、エリカは怒り心頭でユーリを壁に押し付けていた。
 
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数十分後……
クレセアとエリカは、宛がわれた個室で疲れを癒していた。
「……あんな奴の言う事なんか気にするな、いずれ痛い目を見るさ」
 
エリカは結局、埒が明かずにユーリを解放してしまった。
減らず口ではあったが、詰まるところ彼の言う事は間違いではなかったからである。
 
「あ、大丈夫です………もう大分落ち着いたですから」
先程に比べると、クレセアは呼吸も動悸も安定している様に見える。
「……そういうエリカこそ、落ち着いたですか?」
「………少しな」
対するエリカも、少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。
 
ノックが聞こえたのは、その時だった。
「クレセア〜〜いる〜〜〜?」
「ルチアちゃんが遊びに来てやったぞ〜〜〜」
 
 
「チェルシーとルチアちゃん、座ってです♪」
突然現れた訪問客―チェルシー・イグニスとルチア・ブリージュ―を、クレセアとエリカは気取られない様に出迎えた。
 
「全く……訪問者がお前の馬鹿兄貴じゃなくて良かったよ」
愚痴を零すエリカ。
「ちょ…エリカ……!」
慌ててクレセアが制するが、エリカは不機嫌さを崩さなかった。
「ほぇ?兄様がどうかした??」
 
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「ダメですね……コックピットは完全に溶けてます。明らかに有人仕様ですが、こりゃ乗ってた奴は消し炭ですね」
イフリートの格納庫では、回収されたフランカーの解析が行われている。
アルフレッドは今、その解析に立ち会っていた。
「だが、コアのダメージは皆無。頭頂部の電子パーツも意外に損傷が少ないな……
カルベルツァのデータと照らし合わせて情報復元が出来るかもしれん」
彼の隣で丹念に機体を調べているのは、ディーベルト軍技術顧問のロイド・アイバースン教授。
かつてヤルファルト重工の技師でもあった敏腕の技術者である。
 
「フィルバンドルに着いたらそちらの指揮は任せる。私は報告書を提出してから合流させて貰う」
アルフレッドはそう言うと、踵を返してそこを後にした。
 
「しかし何て射撃だ、電子ユニットを最小限のダメージで抑えて真下のコックピットだけを撃ち抜くなんて……
かなり精密な腕前だな、まるでスナイパーだ………」
「これをあのガイロスの少尉が……あの若さでこれだけ正確に撃つなんて初めて聞くぞ」
 
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(噂には聞いていたが、イグニス少尉のこの戦歴………)
執務室に戻ったアルフレッドは、報告書作成の合間を縫ってユーリの情報を調べていた。
 
「ユーリ・イグニス。ZAC2095年、ガイロス帝国軍将校リード・イグニスの長男として誕生。
父親の死後、僅か6歳で帝国軍に志願……ZAC2110年、訓練過程を終えて暗黒大陸北西方面軍に配備、
以降、数々の激戦地帯に志願兵として参戦。これらの功績により、若年ながら20歳にして少尉に昇格……」
見れば見る程強烈な結果だが、その具現が自分の身近にいるとなると運命めいたものを感じずにいられない。
 
(アザレア先生も、とんでもない孫を送ってくれたな………)
 
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ユーリは、眼下で広げられる残骸の分析を静かに見下ろしていた。
誰も彼に気付いていない様子だが、下手に気を遣うよりはかえって都合が良い。盗み見になるのは承知である。
(しかし、あの程度か……呆気なさ過ぎる)
だが……ユーリの脳内を占めていたのは別の事だった。
 
(無人ブロックス数十機の司令塔は、あのフランカーと見て間違いないだろう……
性能実験の類なら合点はいく。だが、そもそも誰があんな地帯に配置したんだ?)
 
 
西エウロペの中でも、グレイラストは年間を通して雨量が乏しい。文字通り『不毛の砂漠』である。
確かにアジトを据える分には見つかりにくいが、物資の搬入や環境等を考えると不都合が多過ぎるのだ。
 
(どこかの諜報機関か、もしくはテロリストの類か……いずれにしろ後ろ暗い連中なのは確かだ……)
ユーリはそう思うと、ふと左下に視線を伸ばした。そこには、ジェノサイドが静かに佇んでいた。
 
「相変わらず、深く考えるのは苦手だ……あれの微調整でもするか………」
 
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「あ、ユーリ少尉」
ジェノサイドに近づくユーリに、誰かが声をかける。
「ベルリッティ軍曹か……」
確認しなくても、ユーリは相手がリンだと解った。
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「ジェノサイドの調整?」
「常に自分に1番合う状態を維持する。それがパイロットの鉄則だ」
コックピットに腰掛けてキーを打っていくユーリ。手元のモニターパネルには、ジェノサイドの画像データとパラメータが複雑に表示されていた。
「だが、コアに過度の負担をかけるとゾイドは過剰なストレスで反応や制御系に支障をきたす。
故に、こうした調整は常にお互いギリギリの位置を保たなければならない……」
 
ゾイドは、機械ではあるが同時に生命でもある。
機械故にメンテナンスを必要としているが、生命であるためにストレスや個性に則った微細な違いがある。
そのため、マニュアル通りにはいかないものなのだ。
故に、大抵は機体の癖を知るパイロット個人が引き受ける事が多い
(中にはミーナの様に、整備士のライセンスを会得して専門分野で活躍する者もいるが)。
 
 
「やっぱり難しいのね、メンテナンスは……私は大抵シンシア大佐がやってくれたから」
シュンとした調子で項垂れるリン。それに対して、ユーリは軽く息を尽いて顔を上げた。
「これからはそう都合良くはいかん。仮にも特務を任されているなら、
せめてこれくらいは会得しておけ」
そして、再び作業を始めた。
 
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「ゾイドが好きなのね……」
すると、不意にリンの声がした。
「……?」
ユーリはまたも手を止めて、声の主を見上げる。
 
「今の世界には、ゾイドを『機械』としてしか見てない人が多いわ……
でも、ユーリ少尉はゾイドを生き物として見て…理解しようとしてる。そんな人、素敵………♪」
見ると……リンは、まるで慈母の様に(男だが)優しそうな顔でユーリを見ていた。
 
「………勘違いだ。僕は一介の兵士、ただの駒に過ぎん。
ゾイドの微調整を欠かさないのも、全ては全体の勝利のため……
双方万全にする事で、僅かでも自軍のリスクを軽減させているだけだ」
しかし……そんなリンとは対照的に、ユーリはただ溜息を尽くだけだった。
その顔に孤独な表情を浮かべて………
 
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夜になって、ホエールキングはようやくフィルバンドルに到着した。
それに伴い、クローラー(台車)に載せられたゾイド達が続々と運び出されていく。
 
「ふっ……あぁ〜〜〜〜〜」
エリカは、その光景を見ながら軽く伸びをした。
「エリカちゃんってば、はしたないですよ」
後から降りてきたクレセアは、その行為を軽く窘めた。
「すまん、初陣の後で緊張があったのでな……」
先程の件がまだ煮え切らないとはいえ、大分落ち着きは取り戻していた。
(ミンリー姉さんなら、こんな時もいつも通りにしてられるのだが……
全く、『情緒不安定ここに極まれり』だ)
こういう時は、マイペースな姉が羨ましくなる。
しかし、それを考える余裕は次の瞬間には吹き飛んでしまっていた。
 
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「あ〜〜〜、お姉ちゃ〜〜〜〜〜ん!!!」
基地施設から、誰かがアタフタと駆け出してくる。
見覚えのある黒髪と学生服のその少女は、クレセアに向かって騒ぎ立てながら向かってきた。
「「「レイナ(ちゃん)!?!?!?」」」(クレセア、エリカ、ルチア)
その少女―レイナ・リヴィル―は、大好きな姉を見つけて大はしゃぎしていた。
 
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「あれは……?」
最後に降りてきたユーリは、クレセアに近づく少女に気付いた。
「お、あれって……レイナちゃんだよ!兄様、見に行こうよ〜〜!!」
しかし考える前に、いち早く気付いたチェルシーが黄色い声を上げる。
「レイナ?」
ユーリが聞き返すが、その瞬間にはチェルシーは走り出していた。
 
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「はいコレ、冷めちゃったけどお弁当」
レイナ・リヴィルは、冷めてしまった小包をクレセアに差し出した。
「わぁ……いつもありがとうです、レイナちゃん」
受け取ったクレセアは、満面の笑みでそれを抱え込んだ。
「パパの分もあるし、今日はちょっと多めに作ってみたからみんなで食べて」
レイナは少し顔を赤らめると、そそくさと踵を返し―――
 
「?」
そこで、ふと何かを感じた。
一種の気配の様なものだったが、それは確実にレイナの意識をそちらに向けていた。
 
その視線の先にいたのは、妹とおぼしき少女に腕を引っ張られて走ってくるガイロス帝国軍の士官………
その若い青年と、一瞬だけ目が合う。
 
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クレセア・I・リヴィルとレイナ・リヴィル、そしてユーリ・イグニス
それが、後に図らずとも関わり合う事になる子供達の最初のコンタクトであった。
 
 
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「しかし……チェルシー、お前何故リヴィル準尉の妹を知っていた?」
「さっきクレセアに写真見せて貰ったからね。や〜〜、やっぱり本物は可愛いな〜〜〜♪」

 
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