第十二話 アラウンド(前編)

夜遅くになっても、フィルバンドルのハンガーから明かりと喧騒が絶える事はない。
そのハンガーの奥で、ラッド・アラード少佐と整備班は各機体のデータを纏めていた(彼の妻は兵舎に出張中)。
 「確かに強ぇな……この数値、とてもじゃないが10年以上前の機体とは思えないぜ」
彼等が今検分しているのは、焦茶色のジェノサイド。ユーリの機体である。
(バランサーや内部回路は最新モデルだが、基本的なフレームや装甲は当時のまま……結構メンテ行き届いてんな〜〜〜)
 
数日前は自分の相棒と一緒に死闘を繰り広げた機体だが、こうして見ると丹念に手入れされてるのがよくわかる。
あの少尉は、ゾイドに対する扱いを余程心得てると見えた。
(ふてぶてしい面構えだが、存外細かい奴だ……)
ふと、ラッドはある事を思い出した。
(そーいえば、あの人は…………)
10年以上前、まだ自分が共和国の脱走兵だった頃………かつての愛機だったシールドライガーに乗って消えていったパイロットを……当時、『死を呼ぶ鎌』と言われていたあの男の事を………
 (クルツ・イーセント……あの人、あれからどうしたんだろうな………?)

同時刻、フィルバンドル駐留基地兵舎
 「………」
ユーリ・イグニス、レイナ・リヴィル、リン・ベルリッティは沈黙のまま夜空を見つめていた。
 (きっ……気まずい………)
そんな中、リンは内心で歯痒さを噛み殺し続けていたが………
「平和な世界か………」
ふと、ユーリが呟いた言葉が聞こえてくる。
「この世に生きとし生ける以上、戦争からは逃れられん。世界では必ずどこかで争いが起こるものだ………誰もが追い求めてはいるが、理想論であることには殆どが気付いていない…………」
 リンはもとより、傍にいたレイナも思わず耳を傾ける。
「だが、憐れは力の無い者……戦えない命はいつも蹂躙されていく………」
 今までとは違う切ない響き。
そして孤独な表情のまま、ユーリは空を眺め続けていた。
 (ステラ………っ!)
[そう……やはりあの時と同じブロックスが………]
その頃アルフレッドは、モニター越しにある女性と会話していた。
 ミラルダ・リヴィル
フィルバンドルから選出された代表議員であり、現穏健派の筆頭。そしてアルフレッドの妻でもある女性だ。
「データを照合したが、やはりアルバン・ドルエの反乱に使われたのと一致している……
彼等が何らかの後ろ暗い連中とつるんでいたのは間違いない様だな」
[でも、一体誰が………]
ミラルダは、不安げな顔でモニター越しの夫を見る。
「……それを調べるのが我々の仕事だ。君が余計な雑念を抱く事はない」
沈鬱な妻を労う様に、アルフレッドはピシャリと言った。
 「それより……私としてはレイナの方が心配だよ」
[やっぱりそちらに行ってるのね、今日はお泊りかしら?]
「ああ。しかし……こっちに出入りするのは結構だが、あの娘(こ)は民間人だからな……部隊の詳細は明かせん。
クレセアやチェンヤン少尉にも一応釘を刺しておくよ」
そう言うと、アルフレッドは会釈してモニターを切った。
薄暗くなった執務室で、アルフレッドは1人考える。
 (あのブロックス達、それにフランカー……恐らく、あの時のタンデロイガの男もその一派とみて間違いないだろう……
しかし何物だ………そして何故、このディーベルトに………)
そう思いながらも、彼の意識は次第に遡り始めていく………
半月前 暗黒大陸ニクス、エントランス湾基地
 「リードが……あいつはフィルバンドルから撤退した時に死んだ筈だろ?」
ヒィル・オクラ・ゴースンが素っ頓狂に言う。
「厳密には戦死ではない。あいつは撤退の際、進攻軍副司令のパーカレッド・クラウ中尉に殺された………
公には戦死とされているが、我が国の情報部が調べ上げた確定情報だ」
再会の余韻漂う和やかなムードから一転、重苦しい空気の流れる司令室で、アルフレッドとヒィルは険しい表情を崩さなかった。
 「私の妻の妹……娘達にとっては叔母だが、彼女が死んだフィルバンドル侵攻作戦にリードは参加していた……」
アルフレッドは再びグラスを傾けると、残っていたワインを飲み干す。ヒィルは無言でボトルを取ると、注ぎ足していった。
「ベルン基地……ロドリゲス・ワーグナーの部隊か。
いけ好かない司令だったが、野郎はその戦いでホエールカイザーごと爆死した筈だろ?いきなり現れたウルトラザウルスに―――」
「そう……これが決定打となり、ベルン基地部隊は撤退した。その後も数多の犠牲を出しつつバルハナに帰投し、それで終了したわけだ………………」
アルフレッドは深く溜息を尽くと、持っていた端末を取り出した。それを素早く起動させると、ヒィルに画面を見せる。
 「しかしな、調べていると少々腑に落ちない要素が出てくるんだ………」
と…不意にアルフレッドの表情が曇った。
「ほぉ〜〜……そいつは是非聞きてぇなぁ………!」
案の定、ヒィルはこの言動に喰らいついていた。
「まず、フィルバンドルの湖底から現れた『もう1機の白いウルトラザウルス』。
実はこの以前、ここには旧大戦時からのウルトラが放置されていた……こいつが戦闘の影響からか、突然動き出していたらしい。
そのウルトラが撃破された直後……この白いやつが突然湖底から現れて、瞬く間に進攻軍を壊滅状態にまで追い込んだ………
その後、今度はミプロス島の沖合に現れ、捕獲しようとしたディーベルト軍、及び共和国軍に多大な損害を与えて海の彼方に消え去った………」
アルフレッドは鋭い視線でヒィルを睨んだ。
 彼が見せたモニターには……白銀に煌めくウルトラザウルスの巨影が煌めいていた。
「なるほどな……確かにわけわからん。きな臭いぜ……」
一息尽いたヒィルは、真剣な目でその先を促した。
「……んで、『まず』って事は、隊長さんはまだネタ持ってんのか??」
「……『きな臭い』のは他にもある。10年近く前、フィルバンドルに会談に訪れた共和国のマックナン外務次官がアルバン派に襲撃された事件……
あれの前後に不可解な出来事が起こっている」
アルフレッドはパネルを操作し、次の画面をヒィルに見せた。
「直前に無人のゾイドが不意に暴走した。幸い1機だけだし、すぐに取り押さえられた……が、コックピットは無人だった
オートパイロットシステムの異常かと思われたが、これについては原因不明のまま片付けられている」
映っているのは、警備隊とおぼしきアイアンコングを撃破する旧型ゾイド―ベセルトサーベル―だった。
「そして、これだ………」
続いて、もう1つの画像を拡大する。
 「おいおい隊長さん、こりゃ一体――」
思わずヒィルは問い掛けようとして………途端に言葉を失った。
そこに映っていたのは、動画として撮影されたシーンだった。
命が尽きて石化していたゾイド……それの目が突然光り出し、壊れかけた四肢を引きずって動き出す………ぎこちない動きだが、その姿はホラー映画に出てくるゾンビを連想させるくらい薄気味悪いものだった。
 「駐屯基地の監視カメラによる映像だ………いくら何でも常軌を逸しているとは思わないか?」
「石化したゾイドが動き出す………こんなの聞いた事無いぜ、クレイジーだな……」
ヒィルは瞬きもせず、食い入る様にモニターを見続けた。
「ともかく、ただ事じゃないってのは俺も重々理解出来た……で、隊長さんはどう見てるのよ?」
ひとしきりデータを鑑賞したヒィルは、切れ長の目を更に細めて問い掛ける。
 
「まだ憶測の域を出ないが、ここ十数年で生じた不可解な事例については……恐らく、もっと別の何者かが絡んでる――
自分はそう考えているんだ…………」
現在、フィルバンドル、ディーベルト連邦軍駐屯基地
 
「シェヘラザードを結成した事で尻尾を出すかと思ったが……やはり一筋縄ではいかないな」
回想を終えたアルフレッドは、苦労もあらわに肩を落とした。
「あの子達もまた、巻き込まれていくのか………嫌なものだ」
嫌な気分になるが、歯噛みしても好転はしない。しかし、このままで済むとは思えなかった。
 
(唯一の手掛かりは、回収したフランカーとブロックスか………
カルルやアイバースン達だけでは恐らく掴めない。気は進まないが、あの男に頼む他ない様だな………)
 
しかし……やがて一呼吸したアルフレッドは、徐に回線を開いていた。
「情報部か、直ちにヤルファルト重工にコンタクトを取って欲しい」
 「ところでエリカちゃん、まさかとは思うんですが………今回はもうオシマイですか??」(クレセア)
「らしいな……って、ちょっと待て!私達の出番無かったじゃないか!?!?」(エリカ)
「えっ!?そんなぁ〜〜〜ボク達まだ出てないのに〜〜〜〜〜」(チェルシー)
 
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