第十三話 アラウンド(中編)

戦闘から一夜が明けた………
 「む…朝か………」
エリカ・チェンヤンは、眩しさを感じながら薄目を開ける。身体を動かした拍子に、かかっていたシーツがずり落ちた。
(早いものだ、ファースト・アラートからもう1日経ったのか………)
寝る前に解いたダークグレーの長髪が一部ずり落ちるが、当のエリカは緩慢な動作で髪を纏め上げていった。
  (クレセア、大丈夫かな……?)
一瞬、昨日の任務の事が頭を過ぎる。
如何なる戦闘でも決して敵を殺さない彼女が、目の前で殺人を見てしまったのだ……その心中はただ事ではない筈だ。
 (ユーリ・イグニス少尉………あいつがあんな事をしなければ……!)
気付けば、その『殺人』を遂行したユーリに矛先を向けたくなる。が……
―戦争とは煎じ詰めれば『殺し合い』と同義。それをやる以上、誰しも死ぬ覚悟はある……
そう思ったからこそ躊躇いなく撃っただけだ。それの何処がいけない?―
(あいつの言うことも確かに詭弁じゃない………でも、認めたくないのは何故だ…………?)
結論から言って、ユーリの言うことは限りなく正しい。
どんな崇高な理由があっても、戦争に参加するというのは則ち何かを『殺害』し『侵害』する事でしかない。
人間同士、人間の駆るゾイド同士なら尚更だ。
 それに……
 (不快な目だ………)
自分に掴まれた時に一瞬見せたあの目……あれを見た瞬間、エリカは少なからずゾッとしていた。
 血の通った人間だというのに感情の一切をかなぐり捨てた目……
一切の光もなく、ただ闇の様に深い――さながら氷の様な瞳孔が、何故かエリカの中から離れてくれなかった。
恐らく想像を絶する地獄を何度も見てきたのだろう……そう考えれば、あの言動や無表情さも頷ける。
実際、自分も姉ミンリーからそういうPTSDじみた精神患者のことは度々聞かされていた。
しかし……ユーリのそれは病気というより、剥き出した精神に幾重にも鍵をかけているイメージに近い。
 昨夜はあれきり話もしてないが、あの男の顔を思い出す度複雑になる自分にエリカは戸惑いを隠せなかった。
 (私は……あいつにどうして欲しい……一体何を求めたら良いんだ……………?)
ピリリリリ…………
奇妙な電子音が彼女の思考を遮ったのは、その時だった。
「……了解しました」
司令部からの連絡を受けたユーリは、すぐさま身支度を整えて部屋を出る。
「むにゃ……あれ?お仕事??」
ソファーで寝息を立てていたリンは、身支度をしていたユーリに気付くと声をかける。
 「今回は僕達だけの仕事だ。レイナ・リヴィルは君に任せる」
昨夜はベッドをレイナに、ソファーをリンに占領され、寝ずの番をしていた筈………
だが、ユーリの言動には些かの疲弊も感じられなかった。
「ぁ・ユーリ少尉……昨日寝てないんじゃ―――」
リンがそう言いかけた時には、既にユーリの姿は消えていた。
 「大丈夫かしら………一応、チェルシー準尉に知らせといた方がいいわね……」

数時間後………
 「今回はイグニス少尉、チェンヤン少尉のみで我々の護衛をして貰う。イグニス少尉は初めてではないだろうから、チェンヤン少尉も可能な限り見習う様に」
アルフレッド直々の指示で、ユーリとエリカは同じ高級車に乗り合わせる事になっていた。
 「昨日の事である方と会う為、私とアイバースンが出る事になった………疲れが抜け切らないとは思うが、引き受けて貰えるか?」
アルフレッドは真顔で2人に言う。
フィルバンドルを出発して早2時間近く……車は、都市国家コロラドの方面に向けて走っていた。
「あの、司令……我々は何処に向かっているのでしょう?」
暫くして、エリカは気になっていた事をさりげなく聞いてみる。
「ヤルファルト重工……」
しかし……それより先にユーリがボソッと呟いていた。
「コロラドにはヤルファルト重工の本社がある………用があるとしたら、先ずそこでしょう」
 

 
ヤルファルト重工。
それはこの西エウロペに拠点を置く企業団体の中で最も大規模な会社である。
ディーベルト連邦が発足した当時から急成長を始め、兵器開発を前面に押し出して進出し、現在では不動の地位を築いている。
ディーベルトの主戦力であるG・リーフや初期型ツェルベルク、アルフレッドの専用機であるクライジェンシーティーガーもまた、
このヤルファルト重工が主体となって完成させたものだった。
 「分析力は中々見事だ……これから会う方は私やアイバースンとは多少縁があるのでね、少し調べて貰いたい案件もある。
油断ならないが、ある意味1番頼りにしたい男だよ」
アルフレッドは感嘆して唸り、アイバースンもまた苦笑いしていた。
 そのうち、4人を乗せた車は摩天楼の立ち並ぶコロラドに入っていった。
ヤルファルト重工の本社ビルは、コロラドで最も高い建造物だった。その最上階に通された一行は、広い応接室で部屋の主を待っていた。
広い部屋の割に調度品は少ないが、上等そうなものが揃っている。しかも見た目は質素だが、高級品特有の気配が漂っていた。
それでも眉1つ動かさないユーリとは対照的に、エリカは恐る恐る傍らの壺(恐らく高価なものであろう)を突いていた。
暫くして、応接室の扉がゆっくり開いた。
「お待たせ致しました。会長がお見えです」
扉の向こうから現れたのは、車椅子に乗った初老の男性だった。
既に壮年の域に達しているが、眼光は未だ鋭い光を放っている。その割に口元は穏やかな笑みを浮かべていた。
「待っていたよ、アルフレッド・イオハル準将……いや、アルフレッド・I・リヴィル閣下」
年齢に比べると男の声色はやや若い感じがした……しかし、この男が醸し出す無言の気迫はエリカを圧倒しかねない強いものがあった………
「お久しぶりです……ローレン・ギリアード会長」
見えない威圧感が一気に周囲に満ち溢れる中、アルフレッドは普段通りに男に会釈した。
 (そうだ、確かこの人は―――旧クルアルド・コーエン政権下における過激派の顔役、ローレン・ギリアード…………
司令は、こんな怪物と知り合いなのか―――!?)(エリカ)
「こんな身体なので満足な出迎えは出来ないが……ま、かけてくれないか?」
応接室の奥にある会長執務室……そこに通された4人は、ローレン・ギリアードに言われるまま席に着く。
すぐに陶器のカップと水差しが運ばれてきて、部屋には紅茶の香りが微かに漂い始めた。
「あぁ安心したまえ、毒の類いは入っていない」
苦笑するアルフレッド、渋るエリカやアイバースン、無言でセットを脇に流すユーリを見て、
当のローレンは悪戯っ子の様に口元を歪めた。
そして、自分は出された液体をゆっくり飲み干していく。
 「…いただきます」
ユーリも少し匂いを愉しんだ後、そのまま一口だけ啜った。
 (……フェアリー山近郊の厳選された高級茶葉か、市場ではグラム数万はする代物だな)
だが……喉元に広がる味は、市販のものとは違う風味を醸し出している。
 しかし、ユーリの表情が変わったのをローレンは見逃さなかった。
「ほぅ……分かっている様だね、君は………飲んだ事があるのかな?」(ローレン)
「祖母がガイガロスの市場より取り寄せてくれたのを1度………」(ユーリ)
ユーリは、ローレンを目の当たりにしても変わらない口調で静かに答えた。
「なるほど、君の御祖母様は中々お目が高い様だね……」
「さて……では会長、そろそろ本題に入りましょうか」
暫くして最初の余韻が落ち着いてきた頃、アルフレッドは真剣な様子で口を開いた。
 「先日、グレイラストで我々は無人ブロックス部隊、及び司令塔とおぼしきフランカーと抗戦しました。
その際敵の残骸を多数回収し、出処を探ったのですが……残念ながらめぼしい情報を得る事は出来ませんでした。」
アルフレッドは端末のモニターを開き、画像を交えて報告していく。ローレンは、眉1つ動かさずに黙って耳を傾けていた。
 「このタイプの無人ブロックスは、10年前の『アルバン・ドルエの反乱』でも多数確認されています……
恐らく、彼等とも繋がりのあった連中かと推測されますが………」
「それで、私――ひいてはヤルファルト重工に、これを探るよう依頼しに参ったという事か……」
暫くして、ローレンは理解した様に顔を上げた。
「そういう事になります。これを引き受けていただけるなら、そちらで試験開発中の武器を我が部隊が優先的に納入するつもりでありますが………」
とはいえ、相手はいち企業を統轄する男。少なくとも見返りなしにそんな危ない橋を渡るわけがない。
 「喜んで―――と言いたい処だが………しかしそれでは足りんな、閣下。
同時平行で我々が開発中の新型ゾイド。それの試験配備も、この際一緒に付けて貰うとしよう」
しかし…ローレンは更に不敵な笑みを浮かべて切り返していた。
「そんな……貴様、足元を見過ぎだぞ!!」
途端に、エリカがたまりかねて声を上げた。口調がぞんざいになってしまったが、そんな事は気にしていない。
 「これは異な事……高いリスクを伴う事には条件を積んで応じる。我々商人の鉄則だよ」
ローレンはエリカの言葉に黙って耳を傾けるが、やがて呆れた様に首を振った。
「そういう事だ。少尉も今後は理解しておきなさい……」
アルフレッドも、それを肯定した様に言う。
 「失礼致しました。私の部下ですが教育が至らなかった様で……」
「構わんよ、自分の意見を素直に言えるのは良い事だ。責めたりはしない」
気付かなかった……
この部屋に入った瞬間から、自分達はローレン・ギリアードという男の土俵に踏み込んでいたのだ………!
彼の交渉に長けた世界に………
 今更ながら、エリカは痛感せざるをえなかった。
「勿論閣下はご存知だが、私は自分が決めた値段は鐚(びた)一文まけた事はない。今回もそのスタイルは通させていただく
―――これが呑めないなら、残念だが此度の件は白紙だ」
口元は穏やかで、壮年ながらも綺麗な微笑(アルカイックスマイル)を浮かべている。
しかしローレンの双眸は、微細な余裕さえ見せずに真剣な光を放っていた。
やがて………その時は訪れた。
 「相変わらずですね……値切れる気が全くしません」
頭を垂れたのは、アルフレッドの方であった。
「成立だな……では、まずは話すとしようか」
 商談は成立した。
それを確認すると、ローレンは徐に傍らのリモコンを操作した。
同時に、スクリーンに2つのゾイドの画像が現れる。
 「なっ……これは!?」
だが……エリカはそれを見た瞬間に驚いた様に立ち上がっていた。
表示されていたのは、先日確認した2種類の無人ブロックスだった。

 
バトストMENUに戻る
次の話へ行く