蒼き虎
ZAC2103年春、2月に無条件降伏したルーサリエントを基点に各地方の 反抗勢力が集結しつつあった。 また北部のフィルバンドルや中部の都市フォッケナウにも勢力が集結。 そしてその後方を北エウロペの共和国軍が支援する隊形が整った頃、ゆっくり と進撃は開始された。 このように状況が悪化の一途をたどると、今までコクンをはじめ軍政府に対し て尻尾を振っていた各地の豪族、企業などは一目散に南エウロペ大陸への避難 を始めた。 また、軍政府軍内部も統制が利きにくなりつつあった。 そして前線に近い基地であるクイエルディニーでは、来るべき決戦に備えて準 備が着々と進められる。 「こんなハリネズミのように対空砲やAZ砲を用意しても一発当てられたら終 わりっしょ。なんでもかんでもそろえれば良いてもんじゃないよ」 目の前のとてつもない光景を見てつぶやく男。 彼の前には、上空へ常に向けられた対空砲や対ゾイド用AZ砲などが、所狭しと 並べられていた。 「あ、曹長。しかし、備えあればなんとやらと言いますしねぇ・・・・」 一人の兵士が申し訳なさそうに言う。 「ま、これぐらいしたい気持ちはわからんでもないけどね。でも実際は弊害ば っかだかんね。その辺はお偉いさんも少しは考えよなー」 そういうと少し離れた所にある格納庫へと足を向ける。 「ネベット少佐、向こうのハリネズミの山見ましたか?」 「・・・・ブライツ・カイマン曹長、君は今の我々の状況を分かっているのか?」 「そのつもりですが。何かご不満な点でも?」 「不満も何も、君のような兵士が何故我々の側にいるのかが分からんわ」 「そう言われましてもねぇ・・・・。隊長であるあなたが、アルバン支持を訴 えてこちら側に着いた。そんでもって部下である我々はあなたについてきた。 それだけですよ」 「その口ぶりだと、ここに来るのがいやいやで来た様に聞こえるな」 そういうと足もとにある備品を蹴る。 格納庫内に響く音に、回りの整備士達が彼らの方を見る。 注目の集まる中、ブライツは言葉を続ける。 「いや、他の連中はどうか知りませんが、オレッちは上司の言う事には絶対服 従のタイプなんで不満なんざありませんよ。それに本国の部隊は、前面に出て きてないみたいで戦いやすいですしね」 「ほぉ、そうまで言うなら、今度同盟軍に落ちたルーサリエントに対して夜襲 をかける作戦だが、君にも来てもらおうか」 そう言いながら横目でブライツを見る。 こいつ、いつか痛い目にあわせてやるといわんばかりの態度だ。 「了解しました。では当日に備えて自機の整備の様子を見てまいります」 そういうと、技とらしいほどにきれいな敬礼をしてその場を去る。 「あの馬鹿面いつかゆがましてやる・・・・」 そう愚痴をこぼすと、その場を離れるネベット。 終始ブライツを睨めつけて格納庫を去っていった。 その日の夜は最近顔を出してねーなぁと、町の酒場へと足を運ぶ。 ドアをあけると煙草匂いがして鼻につく。 まだ1階は禁煙となっているのでまだいいが、2階にあがるとヘビースモーカー 達が灰皿を吸殻の山にして吸っている。 このバーには空調がない為に窓を開けているだけでは換気が追いつかない。 その為に1階にまでその匂いが来る事があり、今日はどうもその日のようだっ た。 「やぁブライツ、元気そうだねぇ。最近顔を見せないからあの世に逝ってしまっ たんじゃないかと思ったよ」 「簡単に人を殺さんでくれよ。それにこの歳でそう簡単に死ねるかい」 苦笑しながらそう言うと、カウンターに座る。 「い、いらっしゃいませ」 声とともにコップを持った手が目の前に現れる。 それを見て手がのびる方を見ると、見知った少女の顔が見える。 赤い髪にポニーテールの小柄な子だ。胸には十字架が見える。 「よう、エリー。元気そうだな」 「は、はい。ブライツさんこそお元気そうでなによりです」 少しほほを赤らめながら言うエリー。 「どうだい?彼氏の一人でも出来たのかい?おまえさんはおっとりしすぎてて、 下手したら年頃過ぎても結婚できねーぞ。ん?」 「そんな事、ブライツさんに言われる筋合いはありません!!そっちこそ軍人 さんをやっている間は一生結婚できませんよ!!」 彼の言葉が気に障ったらしく、顔を真っ赤にして憎まれ口を叩くと、その場を つかつかと音を立てて去って行く。 「あちゃー、怒らしちゃったよー。やっぱ結婚できねーぞなんて言ったからか なぁ、なぁおやっさん。ん?どうした?」 少し哀れんだ顔つきでこちらを見る店主。 「おまえさん、もうちょっと人の気持ちがわかればねぇ・・・・・・」 あんたに惚れてんだ、あんたに。といいたげな店主だったが、こう言う事はあ えていわないで置いたほうが言いと思って、結局口に出さなかった。 ブライツは、わけが分からんといった表情をしながら1、2時間ほどで店を出る のだった。 3日後、正式にルーサリエント夜襲作戦の部隊への転属辞令がおりた。 命令書を受け取ると早速、作戦室へ赴くブライツ。 「失礼します。ブライツ・カイマン曹長、只今をもってこの部隊に配属されま した。以後よろしくお願いします」 ドアを開けると、敬礼と挨拶をする。 そこには見知った顔はなく、皆階級は上のものばかりだった。 おそらく階級も歳もブライツが一番下だろう。 その部屋の一番奥に見知った上官の顔が見つける。 ネベットだ。 この部隊は、ネベットを中心にした総勢18人のパイロット達で構成され、敵 に気付かれずに夜襲を完遂する。その為の部隊であった。 その為に、通常のパイロット以上の技術力が必要で、そこにいる者全て腕に憶 えのある者達ばかりであった。 (なんかえらく雰囲気の悪い所だな。ここ・・・・) 部屋にいるパイロット達も、゛なんだこの若造は゛と言わんばかりの顔をして いる。 どりあえずどうもーと言いながら割り振られた席に着く。 「全員そろった様だな。では作戦内容を伝える。まず・・・・・・」 そこから数時間に及ぶ作戦内容と緊急時の対応が話される。 話も終わる頃には、ぐったりとするブライツ。 つまらない授業を聞かされている気分だった。 「では明け方までには移動を開始する、よく寝ておくんだな。その後、数キロ 先で軽い打ち合わせを行う。以上解散だ」 「今晩ですか?」 ネベットの言葉に思わず聞き返す。 「何か不服でもあるのかね。カイマン曹長。先ほども言ったように急に決まった 作戦だ。連携を良くする為にもある程度の訓練は必要だ。それとも君は自ら志願 したこの作戦に参加しないつもりか?そうなると君は単なる腰抜けかね。」 「いや急な話だなぁーと思いまして。ただそれだけです。はい」 苦笑いしつつ答える。 「ならばいいが、君にはおおいに期待しているよ・・・・・・」 そう言うとなぜかほそく笑むネベット。 その顔を見て不信感を抱く。 彼自身、今までネベットの下で何度かそういう顔を見たことがあった。 大抵何かをたくらんでいる時である。 だがそれもいつもの事と一蹴して作戦室から出た。 窓の外は日も落ちかけて遠くに赤く光る太陽が見えた。 もう1時間もしないうちに夜が来る。 そんな景色を見てふと思い出したことがあった。 数日前の酒場での出来事だ。 しばらくほおけた顔をしながら考える。 「うーん、今のうちに謝っておくかな」 そうつぶやくと足取りを酒場へと向けた。 時折吹く風邪が身をすくませる。 もう春なのにまだかぜは冷たい。 基地からそれほど遠くないところに酒場はある。 普通に歩けば10分もかからない。 「あ・・・しくじっちまった」 酒場を目の前にそうつぶやく。 目の前にはCOLSEと書かれた札がどあにかけられている。 そう、今日は週に一度のお休みの日だった。 「さーてどうしたものか・・・」 ドアの前でうろうろしながらあれこれと考える。 ドアを叩いてみたが、店主はあいにく留守のようだった。 次第に夕闇が近づく事に気付き、仕方ないと諦めて基地のほうへと歩き始めた。 「あ・・・」 その聞きなれたか細い声が耳にはいり、思わず目線を声のするほうへ向ける。 いつものポニーテールをした彼女がそこにいた。 夕日で胸の十字架がオレンジ色に光る。
「よ、よう。」 「こ、こんばんは」 なんとなくぎこちない雰囲気が辺りを漂う。 「ど、どうしてこんな所にいるんですか?今日はお休みですよ」 その場の雰囲気にのみ込まれまいと、彼女が口を開く。 「いや、それなんだけど・・・・・・悪かったよ。今日はそれをちょっと言い たくてな」 「えっ?」 ブライツの言葉に少し戸惑いを覚えるエリー。 「この間、オレがくだらん事を言って怒らせちまったろ。その事だよ」 「そんな、いいんです。わたしも少し大人気なかったと思うし・・・・・・」 「そうか。それならいいんだ。少し気になったもんでな。しかし、ナイスタイ ミングだ。これから出るって時に変に気になる事を残して行くとこだったよ」 その言葉にハッとして今までうつむいていた目線上げる。 「どこに行かれるんですか?」 「作戦で、ちょっと遠出を・・・・・な」 「そう・・・なんですか・・・・・・」 そういうとまたうつむく少女。 不安で一杯といった表情をしていた。 「そんなに心配するなよ。ちょっと言ってすぐ帰ってくだけの作戦なんだからさ」 そう言って彼女の肩をぽんと叩く。 「・・・・・・」 うつむいて何を言っても反応のない彼女に戸惑い、視線が空中をさまよう。 「あの・・・!!」 思いきった表情を見せてブライツのかを見上げる。 「な、なんだ?」 「こ、これを・・・・・・」 そう言うと首にかけている十字架のネックレス外すとブライツに差し出す。 「おいおい、これはおまえさんの大事なものじゃ無かったのか?」 以前、死んだ両親の形見だと聞いた事があった。 それは彼女にとって大切なものに違いない。 「いいんです、どうしてもブライツさんに上げたいから・・・・・・」 そう言いながら少女は涙目になる。 「わ、分かった。エリーがいいって言うならもらうよ」 そういうと少しかがむと目をつぶる。それを見てブライツの首につけようとする。 じっと待つブライツ。 首まわりに来るである金属の冷たい感じを待ち構える。 が、来たのは生暖かい彼女の唇と抱擁だった。 思わず目を開く。 手から離されたキィンと小さな音を立てて十字架が地面に落ちる。 彼女の一世一代の決意と行動だった。 「死ななで・・・・・・ブライツ」 ブライツから唇を離すと耳元でつぶやくエリー。 「ああ、必ず戻ってくるさ・・・・・・」 彼女の思いに気付いたブライツは、そうつぶやくと彼女を抱きしめたのだった。
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