蒼き虎4
朝靄(あさもや)の中に一人の男が身を潜めている。 迷彩の施された服に、カモフラージュの草木をつけて目の前にある町を双眼鏡 で覗きこむ。 男は双眼鏡を覗きこむのをやめると、おもむろに腰に手を伸ばし、備え付けられ ていた通信機を取りだす。 「ターゲットにこれといった動きは見られません。砲台は視認できる範囲内で 町側に4、基地側に3です。ゾイドの動きもありません」 通信機のスイッチを入れると、町の様子をこと細かく報告をはじめる。 『おかしいな、そろそろ定時偵察の部隊が出て行く頃なのだが』 通信機の向こうから聞こえてくる声。 ヴォォォォォォ・・・・ その言葉に呼応するように、遠くの方から低いうなりが聞こえてきた。 よく耳を澄ますと基地の方から聞こえてくる。 慌てて双眼鏡を持ち上げて覗きこむ。 翼からかすかな光が漏らしつつ、ゆっくりと浮上して行く機体が三つ。 旧中央大陸戦争初期において活躍した名機、プテラスだ。 「ちょっと待ってください。隊長の言っていた偵察部隊が今飛び立って行きました」 双眼鏡を覗き込みながら話す。 『よし、そのまま監視を続けてくれ。こちらは予定どおり動きを開始する』 「了解」 そう返答すると男は、また双眼鏡をじっと覗きこむ。 朝、いまだ人々が眠い目をこすりながら仕事の準備を始める時間帯。 「うー・・・・」 唸るような低い声を上げつつ、ベットから起き上がる少女が一人。 体を起こしてもなお襲いかかってくる眠気に、しばらくボーっと虚空を見つめる。 「お、起きなきゃ・・・・」 そうつぶやくと、ベットから足を下ろして立ち上がる。 「ふぁぁぁぁぁ・・・・」 けのびとともに大きな欠伸(あくび)が一つ。 まだボーっとした顔をしながら鏡台の前に座って髪をとかす。 「こーんなボーっとした顔、ブライツさんには見せられないなぁ・・・・」 髪をとかしながら、鏡に映った間抜けな顔をした自分を見てつぶやく。 だがその眠気は、突如として起きた爆発音で瞬時に覚める。 慌てて窓を開けて外を見る。 遠くから立ち上る煙。それを見ると、取るものもとらずに外へと走った。 町にある基地に向けて何発ものミサイルが飛来して来たのだ。 砲台のあった付近からは濛々と煙が立ち昇り、時折小さな爆発と炎が見える。 町は事の重大さに気付いた人々で溢れかえり、我先にと安全な所へと避難 を始めている。 彼女もその群衆の中へとまぎれて行く。 混乱した町の様子を尻目に、基地に向けて何体ものゾイドが一気に雪崩れこんだ。 「脅威だった砲台はもうない。一気に攻め!!」 意気盛んな隊長の声が各パイロットのコクピット内に響き渡る。 最初の攻撃で砲台のほとんどが壊滅し、基地内のゾイド達は不意をつかれて 間だ動けずにいる。 それでも素早く対応して、いくつかのゾイドが姿を基地内に現す。 基地や町の中は、ゾイド同士の対戦フィールドとなっていた。 守備隊は、ガンスナイパーにS・ディール(軍政府軍仕様)。ブレードライガ ーなども現れて陣取る。 そこに砂漠戦用に塗装された数機の黄色いセイバーAT挑むように対峙する。 発見と同時に唸るガンスナイパーのバルカン。 跳躍するセイバータイガーATとブレードライガー。 一進一退の攻防が繰り広げられていく。
しかし次々と襲ってくるゾイドの群れに、奮戦している守備隊も徐々に切り崩 されて行く。 そして進行部隊の本隊は、善戦している守備隊をよそに基地内部へと次々に侵入する。 コマンド部隊も、安全を確保しながら基地内のビルへと侵入し、次々と制圧して行った。 作戦成功は目の前であった。 しばらくして基地一帯を光が立ち込める。 その光は徐々に周辺を包み込んで行くのだった。 「今晩、夜襲を決行する。ルーサリエントには、次々と反乱軍の部隊が集結し つつあるそうだ。このままでは我々の守るクイエルディニーもいつ落とされる かわからない。諸君らには決死の覚悟で望んでもらいたい」 そう演説ぶるネベット。 そのネベットを取り囲むように各機体のパイロット達がいる。 『はっ!』 一斉に声を上げると敬礼をするパイロット達。 それをニヤニヤしながら見つめるネベット。 「さて、部隊は当初の予定どおりに2,3機ずつに分かれて行動してもらうが、 少し変更点がある。ワジョ、おまえはブライツと2機で行ってもらいたいのだ がいいか」 そういうとすっとブライツの方へと目をやる。 それに気付くとブライツは、心の中でなにかしら嫌な感じがした。 「それは別にかまいはしませんが、ブライツがわたし後について来られるか 少々不安であります。二人組の方を担当するのであれば、ガデニーと組む方が 当然だと思われます。それにその方が敵の殲滅率も上がります」 彼の言う事はもっともである。 ガデニーとの確執があるものの、以前コンビを組んでいるだけにまだ経験の少な いブライツと組むよりコンビネーションは抜群でよいからだ。 「ほぅ、いっぱしの口を叩くじゃないか。残念ながらガデニーにはほかにやっ てもらわなくてはならない事がある。それにブライツと残り二人だと、わたし としては少々不安だ。今回は諦めろ」 「了解致しました」 ネベットにそう言われて、素直に応じるしかなかった。 その日の昼、ルーサリエントの司令部は蜂の巣を叩いたような状態だった。 今朝、クイエルディニーを制圧に向かった部隊からの音信が途絶えたのだ。 攻撃開始から2時間たっても、何の音沙汰もない状況をかんがみて偵察部隊を 発進させたが、途中で敵の攻撃に遭って逃げ帰ってきた。 慌しく人が行き交う司令室の中に、ホイスとラーマの二人もいた。 二人は音信が途絶える間での通信記録を聞きながら状況把握に努めていた。 「どう思う?」 イヤホンを片耳に当てながらラーマにたずねるホイス。 「そうだな、たったこれだけの通信記録ではなんとも言えないが、現状考える べきは全滅だろうな」 「だろうなぁ。偵察部隊を出しても叩かれて戻ってくるし、これじゃあ打つ手 がないな」 そう言うと頭をかきむしる。 「しかし、今後の事を考えるとクイエルディニーがどうなったか、強行してで も知っておく必要がある」 「まいったな。ここにあるのはS・ディールとプテラスだけで、ファルゲンは ラグーンに頼まない限りは来てはくれないからな」 「たしかホバーにレイノスが上空警戒用につんでいたはずだ。あれを使うといい。」 「いいのか?」 「協力してもらっている身だ。それぐらいどうと言う事はない」 「すまないが頼む」 この二人の話がまとまり30分後には、レイノス2機がクイエルディニーに向 けて飛び立つ。 辺りを警戒しつつ、クイエルディニーに向かう2機だったが、敵に遭遇する事 なく町の上空に差し掛かっていた。 「なんだこれは!?」 『ラスラニアン、何処に町があるって?』 相棒からの通信をよそに間したの状態を見つめるパイロット。 「やつら、なんて事を・・・・」 彼らの眼下には、大きなクレーターがあるだけだった。 それを見て長距離通信機のスイッチを入れる。 「こちらハーピー1、ルーサリエント応答願います、こちらハーピー1」 『ガー、ピー、ザザー』 しかし、雑音ばかりで応答が全くない。 「デラン、長距離無線が使えない。とにかく一度基地にもどって報告だ。 我々だけでは誰か生きていてもどうしようもない」 『ラジャー』 簡単な通信を終えると、2機は大きく機体を傾かせて、もと来た空へと戻って行く。 ビー、ビー 突如として鳴り響く警告音。 「敵機か!?」
ふとレーダに目をやると、後方に3機の機影を捕らえていた。 モニターに機体識別コードが表示される。 「ち、同じレイノス同士とは・・・・」 舌打ちすると後方の3機をじっと見つめる。 『どうする!?同じ機体同士だぜ。やりにくい上に向こうの方がこっちより多いぞ』 雑音混じりに入るデランの通信。 「デラン、後ろは任せろ。おまえは基地に戻る事だけを考えてな飛んでろ!!」 『おいこら!!おまえ一人で・・・・』 デランの言葉を無視して操縦幹を倒すと、一気に敵レイノスに向かう。 「俺とこいつの相性はいいんだ。何とかやってのける。だからおまえもへませ ずに基地に戻れよ!!」 叫ぶように言うと、そのままスピードを上げて3機のレイノスに突っ込んで行く。 『チッ、・・・・片付けて・・・・来いよ』 デランの通信も小さくなっていたが、彼が何を言おうとしているかはなんとな く分かった。 「余計な心配を」 そう言いながら敵レイノスにむけて銃弾を放つ。 『奴は単機で挑んでくる気だ。もう1機を探せ!!』 『けっ、そんな事言っている間にすでにトンズラされてるよ』 『やばくないか!?』 『くだらん話しをしているひまがあったら目の前の敵を叩け。逃げた奴はそれ からでも遅くない。』 単独で向かってくるラスタニアンの機体に向けて各機が銃弾を放つ。 ラスタニアンは、銃弾の雨を巧みに避けながら機銃を放つ。 それに慌てた左脇にいたレイノスが編隊から大きく離れた。 そこにつけいるように一気に距離を詰め、すれ違いざまに両足に装備されている ストライククローが敵のレイノスの背中を引き裂く。 バランスを崩して墜落して行くレイノス。
それを見ながらすぐさま反転して残りの2機の後方をおさえようとする。 しかしそれを見透かしてか、すでにこちらへと反転していた。 左右に分かれて銃弾を放つ2機のレイノス。 「あんまり広がって攻撃してくんなよ・・・・!!」 そう言いつつ、敵機の位置把握に努める。 間を置かずにラスタニアン機の上方から、敵機がバルカンを放ちながら突っ込 んできた。 「くっ!!」 弾を避ける為に機体をあおる。 それを狙って左から接近しつつあった敵レイノスが攻撃を開始する。 上空のレイノスの銃弾裂ける為に、腹を見せていたラスタニアンの機体は格好の標的だ。 「やろぉ!!」 そう叫ぶとともに脇にあるボタンを押して思いっきりペダルを踏む。 “ドン”という音ともに機体が猛スピードで直進する。 0コンマ秒の差で銃弾が空を空しく過ぎて行く。 緊急回避用のブースターで難を逃れたのだ。 しかし、上空にいたレイノスがすぐさまラスタニアンの機体の後ろに取り付く。 「こりゃぁ、やばいぜ・・・・!!」 そう言いながら右へ、左へとジグザクに動くが、一向に振り切れない。 振りきれないでいるラスタニアンの機体に向けて銃弾が放たれる。 左足に弾が直撃し、ごっそりと抜け落ちて行く。 「くそっ!!この状態だとオレの体力どころか、機体がどこまで持つか・・・・」 一抹の不安が脳裏によぎる。 さらに状況を悪くするように、もう1機のレイノスが今度は正面から向かってきた。 「汚ねぇ!!挟み撃ちかよ!」 正面から放たれるビームが機体をかすめて過ぎていく。 味方から放たれるビームに驚いて後ろの敵レイノスが小刻みに動いて回避する。 「後ろの味方も関係なしかい。」 そうぼやきつつ、次々と放たれるビームや銃弾を必死にかわしていく。 「!?やってみるか」 何かに気付いてそう言うと、機体を大きく旋回させる。 それに合わせて後方の2機も旋回し、合流して追撃をかける。 彼の目指す方向に大きな雲の一群が見える。そこへ飛び込んでやり過ごそうと 言うわけだ。 その事に気付いた後ろの2機は、飛び込まれる前に撃ち落とそうと銃弾を放つ。 「へっ、気付くのが遅いんだよ」 余裕の笑みを浮かべて目の前に迫ってきた雲の中へ飛び込む。 辺り一面、白い靄(もや)で囲まれていて何も見えない。 その中で機体の向きを変えて、雲の外へと飛び出す。 飛び出した瞬間目の前に敵レイノスの姿が見えた。 「ちっ!しくじった・・・・!!」 舌打ちしながらそう言うと、旋廻して再び雲の中へ飛び込もうとする。 ダダダダ・・・・ 激しい爆音とともに雲の中から無数の銃弾が飛び出てきた。 慌てて突入を止めるラスタニアン。 レイノスが方向を変えて飛び去ると同時に、雲の中から現れる敵レイノス。 「運が悪すぎるぞ、おい!!」 そんな事をぼやきながら、左右から遊撃してくる2機の攻撃を必死でかわす。 しかし彼の体力も限界に近く、機体の損傷も激しくなっていた為、この回避運動 も数分と持たなかった。 次々と機体に撃ちこまれる銃弾。 煙の尾を引きながらなお、飛びつづける。 「まだまだ落ちるわけには・・・・」 そうつぶやく彼の意識はもうろうとしていた。 そんな中、敵の攻撃を避けて反撃をするが簡単に避けられてしまう。 すでに戦いの勝負はついていた。 高度を下げていた敵レイノスが、ラスタニアンの機体の下方から攻撃する。 攻撃を受けて腹部から煙が濛々と上がる。 翼からはついに火を吹き始めた。 止めとばかりに後方から銃弾を浴びせ掛けられる。 銃弾を浴びて機体のあちらこちらから小さな破片が飛び散る。 コクピット内では、スパークと同時に小さな爆発が起きた。 「ぐぅ・・・・」 ラスタニアンの小さなうめき。 よく見ると、左腕には爆発でとんだ破片が、突き刺さっていた。 (くそ・・・・かっこいい事を言ってこれかよ。ざまぁねえなぁ・・・・) そう思いながら意識が段々薄れて行くのを感じるラスタニアン。 レイノスも彼の意識が無くなるのと同時に、機体を傾けて高度を下げていった。
数分後、地表で大きな砂煙が舞うのが上空の2機のレイノスからも見てとれた。 『よし、残りの1機を追撃する』 『時間がかかり過ぎた。第2部隊の方ですでに落としてるんじゃないか?』 『その時はその時だ。急ぐぞ』 その通信を最後にその場を足早に去って行くのであった。 日が傾きかける頃、1機のレイノスと十数機のプテラスが戻ってきた。 各機体には生々しい銃弾の痕などが見て取れる。 戦闘を終えて来たばかりのようだ。 しばらく旋回したのち、何かを発見するとゆっくりとその場所へと向かう。 そこには四散したレイノスが地面にめり込むように横たわっていた。 コクピットなどは、不時着した際に、真っ先に四散したようで跡形もない。 唯一原型をとどめていた翼が墓標のように地面に尽きたっていた。 着陸したレイノスから一人の男がゆっくりと、レイノスの残骸へと向かう。 翼の前まで行くと、足を止めてヘルメットを取る。デランだ。 「おまえのおかげで何とか基地に報告が出来たぜ、ラスタニアン」 あの後、デランは追撃が来る前に基地に逃げ込み、プテラス引きいてラスタニ アンを撃墜した2機のレイノスと空中戦を広げてここに戻ってきたのだ。 「人助けが終わったらまた来るぜ」 そう言うとヘルメットをかぶり、自分の愛機へと戻る。 しばらくして、エンジンの音とともに巻き起こる風で砂が舞い上がる。 浮上したレイノスはプテラス部隊と合流し、クイエルディニーの方へと飛び 去って行った。 まだ生きているかもしれない人々を救出するために。
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