理想と現実
シェルターの天井が崩れてかれこれ数十時間になる。 周りはほとんど真っ暗だった。 まだ発電機は生きているらしく、ときおり天井のライトが付いたり消えたりす るが、ほとんどが闇に包まれていることが多い。 非常灯の明かりはそれほど強い物ではない為、全体を明るくする事ができない。 大きな振動とともに崩れ落ちた天井は、シェルターの半分以上をガレキで埋め つくしていた。 かろうじて生き延びた避難民は、崩れた場所に出口がある為にそこから出る事 ができずにいる。 最初は誰かが助けにくると落ちついていたが、時間が経つとともに恐怖にから れて騒ぎ出す者もいた。 だが今は、騒いだ所でどうにもならないと言う事に気づいて、再びシーンと静 まり返っている。絶望の淵(ふち)にいる彼らを煽る様に再び振動が伝わる。 「な、なんだ!?」 「また崩れるか??」 恐怖にかられて逃げ様とする人々。 崩れたガレキに道がないか調べたり、壁を叩いて助けを乞う。 すでにやった事を繰り返す人々。 室内は完全なパニック状態となっていた。 その中でじっと動かずにいる少女が一人。 逃げる際にひびが入ったと思われる眼鏡をかけている。 膝を抱え、顔をうずめて時が経つのを待っているようだった。 ときおり小さなこで何かをつぶやいている様だが、誰も聞き取る事は出きない。 次第におさまる爆発音。 パニックになって体力を使い果たした人々には、すでに安堵を感じる余裕さえない。 数時間後、ガリガリという音が段々と近づいている事に気付く。 助けが来たのだと騒ぎ始める者もいたが、ほとんどの人は騒ぐ事も動く事も出 来ない状態の人ばかりだった。 数時間後、天井が開口するととともに希望の光を見る事となる。 「ようやく完成したか」 白衣を着た男の報告を聞いて、コクンはそうつぶやいた。 「各パーツはすでに生産ラインにのっていますので、実験データの反映さえす ませば問題なく実戦投入が可能です。ただ・・・・・・」
男が怪訝そうな顔を見せる。 「何か問題でもあるのか?」 男の顔を見て眉を動かす。 「これらのゾイドを統括する事を前提にした新型機の開発が遅れています。 そのため当分の間は、他のゾイドで代用しなくてはなりません」 「ごたくはいい。いつ実戦投入が可能なんだ」 「既存ゾイドの改造にもうしばらく時間を要する為、実戦投入は早くても数 週間先になります」 手にした資料を元に報告を続ける男。 「なるほど、だが代用は所詮代用でしかない。フルに活用できんだろう? 新型機を2、3ヶ月以内に生産ラインにのせてもらわねばこちらが持たん。 工場地帯がいつまでも我々の手にあるとは限らんのだからな」 そういうと白衣を着た男を睨みつけた。 お前の報告に不満で一杯だと言わんばかりに。 「我々も手を尽くしています。これが精一杯ですね」 やれやれと言わんばかりにいう白衣の男。 「泣き言を聞きたくないな。元々この開発計画は、貴様が持ってきた話では ないか」 「確かにそうですけどね。そちらも新型専用のOSに関する予算をもう少し 出していただければ、もっと早くに完成したのですが。それに改造機に使用す る為には、多少なりの微調整が必要で手間取ります。これぐらいの許容範囲を 見とめてもらわなければ、こちらとしてもやる気が失せます」 白衣の男はこちらにも不満はあるのだと言わんばかりにいう。 「無駄口の多い奴だ・・・・。後数週間ぐらいなら何とかなるだろう。 やつらに脅しをかけておいたからな」 「例の件ですか。ああいった事をまたされては、向こうの抵抗運動もやりにくい でしょうねぇ。まぁこちらもやりかけで仕事を終えたくないですからね。 開発室に戻ります」 そう言うと、男はゆっくりとした足取りでその場を後にする。 「役にたたん連中だ」 そういうと椅子に座り込む。 先ほどの脅しとは、数週間前に都市ごと地図上から消し去ったクイエルディニ ーの事だ。 最前線基地としては防御能力に不安があり、今回の作戦にちょうど良い都市で あった。 そしてこの事をネタに、今後都市防衛戦を行う場合は最終手段としてこの方法 を行うと、エウロペ同盟軍に通知した。 同盟軍の各都市国家は、その非情な手口に相次いで非難の声明が出すが、彼は 無視するのみだった。 「さて問題はこの後だな。追いつめた気になってアルバンのやつらが先走りし なければいいが・・・・・・」 大きなため息をひとつ。 信頼できるはずに味方に対する不安に肩の力を落とす。 「人心を惑わすヘリックもガイロスなどいらん。ましてやネオゼネバスなどとふ ざけた話・・・・」 そこで言葉を止める。 ネオゼネバスの建国。これはいまだ中央大陸が、かつて大陸を二つの国に分け 席巻した、ムローア一族に踊らされている事の証であった。 せっかくルイーズという一族との血縁でない者が、大統領となった事に喜んで いたのだが、エウロペ戦争中に彼女の素性を知って愕然(がくぜん)とした。 いまだ中央大陸は、彼らからの呪縛から開放されてい無かったのだ。 そしてガイロス帝国でのプロイツェンの反乱とネオゼネバス帝国の建国宣言。 この建国によって中央大陸をより再びの混迷の時代へといざなう。 彼はそれが我慢ならならず、真の意味での自由な国家の足がかりを作って見せる。 それが反乱騒動の発端であった。 反乱以前から本国の意向を無視した形で、彼の理想に向けた政策は、民衆から の支持を得た。 だがこの西エウロペ大陸あまりに大きく、政策を大陸の隅々まで行きわたす事 ができなかった。 さらに理想を追い求め過ぎた政策が目立ちはじめた。 この事や未だ自分達に実権のない軍政府という体制に一般民衆の不安を仰ぎ、 エウロペ同盟の結成を促がしてしまった。 まだその事に気付いていないコクンは、共和国本国からの決別を宣言してしまう。 その事を機にエウロペ同盟と共和国との戦争に入るが、現状は厳しくなる一方だった。 彼の理想に共感して多くの兵士を引きいての戦いではあったが、結果として自 分達に正義はなく、彼らを国家に対するただの反逆者にしてしまった。 だが、始めてしまった以上はやめるわけにはいかない。 政治とはとても難しいものなのだと言う事を痛感する。 そして今日も、何とか打開策がないものかと頭を悩ますのだった。 左腕を包帯で吊り、制服の上着を羽織るような形で着た男が病院の廊下を静かに歩く。 病院という空間には似つかわしくない兵士二人がピッタリとついて歩く。 その事を気にもとめず、廊下を歩く。 一つの病室の前で足を止め、ネームプレートを見て部屋を確かめる。 その脇で、別の一人の兵士が部屋を監視するように立っていた。 「今日も来たのか。毎日ご熱心だな」 病室の前に立つ兵士がからかう様に言う。 「ふがいない奴だが私の部下なのでね」 そういうとふっと笑みを見せて中に入る。 ガラガラ・・・ 横開きのドアが音を立てて移動する。 中には数人の看護婦が、ベットの上に横たわる一人の男を囲むように立っていた。 「ワジョ中尉、毎日ご苦労様です」 「いえ、まだ目覚めませんか」 「ええ、何とか峠を越えたのですが、一向に目は覚めませんね」 「そうですか。すいませんがこれからもこいつの事をよろしくお願いします」 そういうと深々(ふかぶか)と頭を下げて部屋を出る。 現在、ブライツは捕虜としてではなく、負傷者として病院に入院している。 これはラーマ・カルクが、ワジョとブライツの免罪にする為、奔走した結果だった。 その結果、軍政府軍に関する情報を全て提供するという事で、共和国軍への軍 籍復帰を果たした。 ただ、その措置に納得しない者も多く、彼らの不満を解消するために、二人に 見張りがつく事になっていた。 そしてブライツはあの戦闘以来、意識を回復する事はなく寝たきりの状態が続 いている。 「なんとかしないとな・・・・」 そうぶつやくと、考えながら部屋を出て行く。 そのまま病院を出ると、基地にある取調室に向かった。 これは毎日行われているワジョに対する取り調べである。 この場で軍政府側の事をあらいざらい吐かせて、情報を入手しようというのだ。 彼らの思惑とは違って一地方部隊に所属していたワジョが、彼らが期待するよ うな情報を持っているわけもない。 だが取調べ官はそう思っておらず、繰り返し取調べの日々が続く。 クイエルディニーとルーサリエントでの戦闘から1ヶ月が経とうとした頃、西 エウロペ大陸性北部にあるカルサットで事件は起きた。 いつものように人々が町でにぎわうお昼時、数機のゾイドがカルサットの町を 襲ったのだ。 鳴り響くサイレンと立ち昇る炎。 この町には大掛かりなレーダー設備もない為に、町が襲われるまで接近に気付か なかった。 町はずれに設置された小さな基地から発進する4機のG・リーフ。 少し遅れてダブルソーダ2機もスクランブル発進する。 「敵の目的は不明だが、我々は町を守る者として全力を尽くして戦う。いいな」 『了解。』 隊長の言葉に応じるかくパイロット達。と同時に全力で敵機へと向かう。 町中にはいるとすぐその敵は分かった。 G・リーフより一回り大きいその機体は、低い建物しかないこの町では異様に 目立っていたからだ。 長い口にから察するにスピノタイプのゾイドに見える。 発見と同時に一斉射撃を開始する。
だがあっさりとかわされてしまい、逆にこちらの位置を教えてしまう形となった。 「こいつ見かけによらず速いぞ!!注意して・・・・おわっ!!」 通信に気を取られている間に別の機体が隊長機を狙撃した。 「た、隊長!!」 隊長の断末魔と指揮官を失った事に恐怖するパイロット達。 しかし、向こうはこっちの都合などおかまいなしに向かってきた。 「うわぁぁぁ!!」 恐怖にかられて無意味な攻撃を仕掛ける。 その攻撃を淡々とかわすと、攻撃を仕掛けてきたG・リーフの前に現れて、パ イロット後とコクピットを破壊した。 そこに遅れてダブルソーダが支援に現れ、牽制をかけて2機のG・リーフを援護する。 不意に受けた攻撃に動揺する素振りも見せずに、3機の内2機のゾイドは対空 砲火を開始した。 正確な射撃が2機のダブルソーダを確実に傷つけて行く。 「クソ、なんて腕だ。まともに飛べやしないじゃないか!!」 「また至近距離に飛んでくるぞ!!高度を上げろ!!」 後方の射撃手が砲弾の予測を伝える。 「今はそれど頃じゃぁ・・・・なっ!!」 対空砲火を受けて低空を飛んでいたダブルソーダの前に、ひょっこりあらわれ る敵ゾイド。 「うわぁぁぁぁ・・・・!!」 そのままスピノ型ゾイドに体当たりした形となり、ダブルソーダは四散し、さ すがのスピノ型ゾイドもその場に倒れこむ。 数秒ののち、大爆発して周辺一帯を大きなくぼ地にした。 もう一機のダブルソーダは被弾がひどいため、戦線を離脱していく。 フラフラと遠ざかるダブルソーダなど気にもとめず、生き残ったG・リーフに 襲いかかる2機のスピノ型ゾイド。
戦闘開始から10分も経つ間もなく守備隊は全滅し、その後、町は炎に包まれた。 救援部隊が到着した時にはスピノ型ゾイドはおらず、町は破壊し尽くされていた。 この事件は共和国、エウロペ同盟の両上層部を震撼させた。 カルサットは、同盟参加国の中心都市であるフィルバンドルに近く、この日は フィルバンドル郊外の町で、同盟と共和国の主要メンバーが秘密裏に会議を開 催していたのだ。 実際は偶然の出来事であったのだが、情報が漏れていたのではないかと同盟、 共和国の両国家の中枢部は混乱をきたした。 そしてこの戦闘に参加した敵ゾイドは、新型のゾイドだったという報告のみだった。 事件から数週間後、ワジョに特殊部隊への転属命令が下る。 この頃には尋問もすでに終わり、一兵士として扱いを受けていた。 ワジョとしては、反乱を起こしたコクンに付き従った自分に対して寛大な処置 が行われる事に不満があった。 だが意識不明のブライツがいる以上、自分が死んだらブライツはどうなるか? 尋問の際、ブライツは彼の上司であるネベットが強引に反乱に参加させた事に 対して不満を持っていたと言っているものの、共和国軍は何も話す事が出来な い彼を無駄な存在ととらえるだろう。 そうなるとそのまま殺されかねない。 それを考えると自身の恥をしのんでも、共和国軍に在籍するしか方法はなかった。 そう思っていた所にこの人事移動が下った。 ラーマ・カルクによる異例の人事である事は明白だったので、すぐさま彼のも とへと向かった。 「あなたのご厚意は嬉しいが、これ以上特別扱いはして頂きたくありません。 私は一度、反旗を翻(ひるがえ)した兵士です。どう考えてもこの人事はおかしい」 ワジョはラーマを見つけるなり言葉を浴びせ掛ける。 「ノックもなしにいきなり入って来てそれか」 飽きれたように言うラーマ。 「そんな事、誰も気にしてねえよ。今、共和国は熟練パイロット不足なんでな。」 「だとしてもおかしいでしょう。それに私には見動きの取れない部下がいます。 奴の為にしてやりたい事があるのです。それが済むまでは・・・・」 「曹長の彼女の件だろ?」 仕事をしながらそういう。 「!?」 ラーマの言葉に驚くワジョ。 「一応、こちらでも探しているところだ。ただ、シェルターに生き残っていた人 が多くてな。全ての人の名前を把握仕切れていないのが現状だ」 引出しから出した書類を見つめながら言うラーマ。 そしてポンとワジョの前に落とす。 「なんでもお見通しというのは気に入りませんね」 「私はただ、部下が気持ちよく仕事が出来る様にしているだけなのだが」 そういうと机においてあった紅茶を炒れる。 「先輩は相変わらずですね」 彼らは共和国軍が来たエウロペ大陸に進駐した際、ロブ基地で編成した部隊で の先輩後輩だった。 「目をかけている奴を優遇する事がそんなにいけない事か?お前とて同じ事を しているだろう」 そう言われて返す言葉を失う。 「命令は命令だ。明後日にもここを出る。反抗作戦の前哨戦だ。おまえの腕が どうしても必要だ。それにおまえの部下は駐留する共和国部隊に頼んである。 心配はいらない。安心して発(た)つ事が出来るぞ」 そういうとニッと笑みを見せて紅茶を飲む。 ラーマの言葉に何も言い返せない自分が悔しかった。 そして、この人にはどうあがいても勝てない。ワジョはそう思うのだった。
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