ミューズ森林地帯2
「俺はスパイ要員じゃないんですが」 基地指令に対して面と向かって言う。 「すまんが君以外適任者がいなくてな・・・」 「・・・・わかりました。で、敵の動きを探ってくればいいですね?」 「ああ、そうだ。なるべくはやく敵の動きを察知してくれ。こんな最前線の基地には そういった情報はなかなか伝わらなくてな。どうしても自前で仕入れないといけないのだよ」 「そのことに関しては重々承知しているつもりです。ではジム・ローデン大尉、任務につきます」 そう言うと基地指令に敬礼をし、その場を後にする。 それは4時間前の彼の姿だった。 今は帝国軍最前線基地近くにある村のバーで酒を飲んでいた。 身分は報道カメラマンということになっていて、肩からカメラがぶら下がっていた。 機密情報を入手するにも、何かと動きやすい身分でもある。 とりあえず、怪しまれないようにその辺を撮影し現像をしてみた。 現像された写真がテーブルの上に広げられている。 そこに写っているのは、疲弊した帝国軍兵士達の顔だった。 「誰もこんな戦争は望んでないってか・・・・・・」 ウィスキーをあおりながらつぶやくジム。 何か情報がつかめると思って酒場に来て見たのはいいが、お目当ての情報が入らず 結局酒を飲むこととなった。 『何であんたがいく必要があるのよ・・・・』 ふいにシンシアの言葉を思い出す。ジムが出撃する際に言った言葉だ。 あのとき、彼女が見せた辛く寂しそうな表情は、今まで見たことがなかった。 それだけに胸を締めつけられる思いがした。 「心配しすぎだぜ・・・・・・・」 また酒をあおりながら愚痴る。 「なんだか寂しい酒を飲んでるじゃないか。わしと一杯やらんか」 ふいに声をかけられたジムは、声のする方向を見る。そこには、初老の男が片手に ボトルを持って笑顔を見せていた。 「別にかまわねぇよ」 その言葉を聞いた男は、向かい側の席に座る。 「ほぅ、よく撮れてるな。いい写真じゃないか。しかし今これを国内の新聞に 載せたら発禁ものだな」 「俺はたまたまいた兵士達を撮っただけさ。一応仕事だからな」 酔いながらもいま自分がおかれている立場を忘れずに話すジム。 「しかしよく撮れている。いま帝国のそのもののようだ」 写真を一枚一枚丹念に見る男。 「おっさん、そんなことを言っていいのかい?あんた軍人さんだろ??」 「よく分かったな」 「なんとなく匂いでな。俺はあっちこっちの軍人さんを見てきた。威張る奴から いい奴まで。あんた俺をどうする気だい?写真をネタに捕まえるかい?」 酒の勢いか絡みはじめるジム。 「おいおい、絡むのはやめろ。それこそお前をとっ捕まえなくていかなくなるぞ」 なだめるように言う男。 「・・・・・で何用?」 「最初に言ったはずだがな、お前さんと楽しく酒が飲みたいと」 そういいながら手持ちの酒をジムのグラスに注ぐ。 「・・・・あんたも物好きだな」 そう言うと、ジムも笑顔を見せて男のグラスに酒を注ぐ。 「俺はジム・ローデンだ。あんたの名前は?」 「わしはロッド・フォル・エドワードだ。今日は一日飲み明かそうじゃないか」 エドワードがそう言うと彼らは意気投合し、夜明けまで飲み明かしたのだった。 翌日、共和国の襲撃部隊を退けてきたアルフレッド中隊が、ジムの内偵中だった 前線基地、ウッド・バラスに到着する。 「おいおいおいおい、なんてもんが来たんだい。ありゃニクス大陸専用機じゃないか」 黒と緑のツートンの機体を見て驚きを隠せないジム。 木陰から入場する様子をカメラで一通り撮影し終えると、一旦宿へと戻った。 一方、ウッド・バラス基地に入場したアルフレッド達は、機体をメンテナンスルームへと運ぶ。 「それではよろしくお願いします」 整備兵に敬礼をし、その場を後にするアルフレッド。 ヒィル達は先に仮宿舎へと向かっていた。 作業を一通り見終えたアルフレッドが、仮宿舎へと向かおうとした時、一人の男が立ちはだかる。 「!!」 男の存在に気づき、敬礼をするアルフレッド。 「お久しぶりです。エドワード大佐」 彼の目の前に立っていたのは、昨晩ジムと飲み明かしたエドワードだった。 「アルフレッド、よく来たな。歓迎するぞ」 「大佐、また朝まで飲まれていましたね」 エドワードから発せられるアルコールの匂いに反応するアルフレッド。 「お前は相変わらず固いな。」 苦笑いを浮かべながら言うエドワード。 「いえ、性分ですから」 「アダールの事は残念だった。ゆくゆくはいい仕官となっただろうに。 あいつはわしが鍛えた訓練生の中でもピカ一の奴だったからな・・・」 そう言うと深い悲しみがその瞳に宿る。 アルフレッドとアダール、この二人を士官学校時代に実技訓練を行ったのは彼である。 彼の教え子たちのほとんどは、名パイロットとして今時大戦で活躍していた。 「過ぎたことです。いつまでも引きずっていても仕方がありません」 実直な眼(まなこ)でエドワードを見る。 「・・・・・そういうわりにはいまだに黒いコマンドウルフを探しているそうじゃないか。 つい最近、共和国領内で黒いコマンドを目撃したという報告があってな」 その言葉にアルフレッドは反応する。 「どうしても知りたいといった顔になったな。でもそこまでしか情報がない。 あだ討ちをさせてやりたいが、今回は我慢して作戦に従事してほしい。 何、いつかめぐりあう日もあるさ」 「了解しました」 そう言うと敬礼し、その場を去ろうとするアルフレッド。 「おっと立ち去るのはまだ早いぞ。お前には見せたいものがあってな」 「何でしょうか?」 「まあついて来てくれ」 そう言うとエドワードは、アルフレッドを連れ別の格納庫へと連れて行く。 「上層部がわしによこしてきた奴なんだが・・・・・」 「・・・・・・これは新型の高速ゾイド!?」 驚きの隠せないアルフレッド。 「名前はライトニングサイクス。ヘルキャットに変わる時期主力の高速ゾイドだ。 最高速度は320を超える。多分、現在生き残っている高速ゾイドの中でも最速だろう」 「・・・しかし中型ゾイドなのにこの大きさは・・・」 「オーガノイドシステムを積んだせいらしい。生産性も悪くなったようだが」 「なぜこのような新型機がここに?まだ正式配備も決まっていないはずでは?」 この新型ゾイドは、生産ラインにのったばかりの代物で、補給路を満足に確保できない 今の帝国に、とてもこのような機体を最前線に送り込めるような状態ではなかった。 「こいつは先行量産型でな。量産タイプとは違ってかなり気性が荒いらしい。 まぁここに送り込んできたのは、たぶん兵士達の戦意高揚のためだろう」 「たしかに。この所のこう着状態で、兵士の士気は下がりっぱなしですから」 「そこでだ。更なる高揚のためにもお前がこれに乗らんか??」
「!?・・・・本気ですか?」 彼の言葉に、思わずエドワードを見る。 「戦意高揚というのは建前だが、こいつは俺が乗るよ りお前が乗った方が、十二分に使いこなせるだろう」 「しかし・・・・・」 「お前の機体が父親の形見だというのは重々承知だ。でもなアルフレッド、そんなにも過去に 囚われていては一歩も前には進めんぞ。 そんな事では君の父上が悲しむだろう。私はゾイド乗りとして、軍人としてきみ成長してほしいのだ」 エドワードの説得にアルフレッドは、悲しげな表情を見せるだけだった。 「・・・・・分かった。今回は私がこれに乗ろう。 だが、次回からは絶対お前を乗せてやるかな。 覚悟しておけ」 「・・・・すみません。次回までに考えておきます」 その言葉にエドワードは笑みを浮かべてその場を立ち去った。 アルフレッドの心にある、過去へのわだかまりが断ち切れないでいるのを見て、次までにはその 気持ちを整理してこい。そういういったのだ。 「・・・・・そう簡単にはいきませんよ大佐・・・・」 今、普段彼の心の中にない憎悪がわきあがってきていた。 それはエドワードに対するものではなく、この帝国そのものに対してだ。 彼はゼネバス帝国出身の両親を持つ。すべてはそこから始まる。 大陸間戦争時から、ガイロス帝国内でのゼネバス出身兵の地位は低かった。 それでも名門の家柄を持つ兵士や政治家達は、何とか上流階級に入ることができたが、アルフレッドの 両親は一士官でしかなく、つらい立場にいた。 彼もそういった状況下にあってつらい日々を過ごしたが、苦労と逆境を乗り越えてエリートとして のし上がった。 しかし、いつまでたっても“ゼネバスの生き残り“という汚名は消えなかったである。 政策を実施したガイロス皇帝に対する憎悪などはないが、それを受け入れる国家体質そのものに対しての 憎悪を持つ事となった。 ゼネバス出身のプロイツェンが、摂政となった今でもその体質はあまり変わっていない。 しかし、軍人として守るべき国家を憎むことは逆賊であり、死に値する行為である。 そのため、その事を知らず知らずの間に心の奥へと押さえ込む。そしてそんな自分を嫌悪していた。 この時エドワードは、彼の心を変えるきっかけを作ろうとした。それが功をそうしたかは、その後の行動 として現れる。 一方同時刻、ジムは定時連絡を終えた後、基地内潜伏を計っていた。 「これが終わったら、さっさと帰ってうまい酒でも飲むか。」 今回の任務は、潜伏した上で敵情を把握した後、撤退するように言われていた。 うまく中に入り込めたジムは、格納庫内にあるゾイドの機種や機数、配備されている武器弾薬類を メモっていく。 「さーてさてさて、これぐらいにして引き上げるかね」 身を潜め、あたりを警戒しながらジムが言う。しかし、その背後に一人の男が現われる。 「そこで何をしている!?」 不振人物を見つけて叫ぶ男。その言葉に思わず後ろを振り返るジム。 「!?あ、あんたは・・・。」 そこにはよく見知った顔があった。 「おっさん!!」 「ジム!?ここで何をしている!?」 そう叫ぶと腰にある銃フォルダーから銃を抜き構える。 一方ジムは、即座にその場から走り出して距離をとる。 「とまれ!!とまらんと・・・・!!」 ジムはエドワードの静止を振り切ってひたすら走る。 やもえず銃を発砲するが、かなりの距離が開いていたためにあたるはずもなかった。 「・・・・不審者を発見した。Cブロック方面へ逃走。警戒態勢をとれ。サイクスの準備も怠るな。 何があるかわからん」 そう無線機で指示を出すと司令部へと向かう。それと同時に基地内でサイレンが鳴り響く。 「ちっ」 舌打ちをすると、ポケットから出したスイッチボタンを押す。 ズゥゥゥンという地鳴りとともに、あちらこちらから爆発音が聞こえる。 その音が、あたりに響いていたサイレンをかき消す。 もしもの場合に備えて、撹乱用の小型爆弾をセットしていたのだ。 「アルフレッド中佐!こちらに侵入者が来るようです!」 「各員、迎え撃つ準備を!!あまり散らばると同士討ちになるぞ!!」 アルフレッドのいる格納庫内は慌しく動き出す。 しかし、その前にジムが格納庫に飛び出した。 「げっ!?やばっ!!」 そう言うと物陰に隠れながら必死に外へと向かう。 ジムの姿を見て、兵士達は体制が整う前に慌てて銃を乱射し始める。 そのおかげでジムは何とか格納庫から逃れる。 「逃がすか!!」 そう叫ぶとアルフレッドは、フォルダーから拳銃を取り出し数発発射する。 「くっ!!」 一発はジムの左腕のあたりをかすめるが、ほかはすべて外れてしまう。 ジムは近くに隠してあったジープに乗ると、そのまま基地の正面門へと向ける。 門番の兵達が銃を乱射するが、お構いなしに突き進んで門を蹴破り逃走に成功した。 「なかなかやるじゃないかジム」 その様子を司令室のモニターで見ていたエドワードは、笑みをこぼしてつぶやく。 「何か言ったか?」 横にいた基地指令が問う。 「いえなんでも」 何事もなかったようにモニターに視線を送るエドワード。 「追撃隊を編成する!!準備急げ!」 基地指令が叫ぶ。 「指令、我々は大事な作戦前です。貴重な戦力を割(さ)くわけにはいきません」 エドワードが進言する。 「しかしエド、このままではむざむざ逃がしてしまうぞ。 どれだけの機密が漏れたかも分からんのだ」 「今日の晩にも我々は動かなくてはならないのです。ここは私一人に任せてください」 「サイクスを出すのか?それこそ大事な作戦前だぞ。 もし使えなくなってはプロイツェン閣下に申し訳がたたん。 護衛にレブを2機つける。文句はいわせんぞ」 「了解しました。レブを2機用意。これから出る」 通信を送ると指令官に敬礼しその場を去る。 「俗物が・・・・!!」 そう言葉を吐き捨てると、格納庫へと走り出す。 その頃ジムは、町の近くに隠してあったハウンドソルジャーに乗り込んでいた。 「ツー、あの士官なかなかの腕だな。止血しておけば問題ないか」 そういいながら応急措置を左腕に施す。 「よっしゃ、いくか」 そういうとハウンドを始動させる。 動き始めたハウンドソルジャーは、邪魔な迷彩シートを振りほどき、東へと走り出す。 ビー、ビー しばらくすると、コクピット内に警戒警報が鳴り響く。 「追っ手か・・・!!」 後方モニターを見ると3機のゾイドが追跡する。 2機はレブラプターだった。しかし真ん中を走るもう1機の機体は見たことがなかった。
「何だあれは・・・」 操縦しながらコンソールをたたくが、何度検索指示を出しても答えは返ってこない。 「新型か?ガイロスはあなどれんなぁ」 そのことはエドワードたちにとっても同じだった。 『エドワード大佐。あのような機体、見たことがありません。 今次大戦下の識別データにはない機体です』 「・・・・・だろうな。あれはたぶん大陸間戦争時のものだろう。そっちのデータで洗え」 『了解・・・・・・・・でました。大佐の言うとおりです。あれはハウンドソルジャーのようです』 「やはりそうか・・・。共和国もあんなものを隠し持っていたのか」 「相手の最高速度は300kmを超える。その機体では追撃は無理だ。いったん引き上げろ。 餌食になるぞ。」 『しかし大佐一人では・・・・』 「かまわん。お前達はいったん引き上げて、アルフレッドにでも指示を仰げ」 『・・・・・了解しました』 その応答後、レブは行き先を変更し、元来た道を戻っていく。 「!?何だレブだけが帰っていくぞ。これは儲けだ。 このまま一気に森を通る」 目の前に見えてきた森林を見てつぶやくジム。 「考えてることはなんとなく分かるが、そうはさせんよ」 スピードを上げたハウンドソルジャーを見て、そうつぶやくエドワード。 次の瞬間、背中に装備されたビーム砲から光が放たれる。 ハウンドソルジャーはそれを難なくよけていく。 「とうとう撃ってきやがった。早めに逃げこまにゃ」 そう言うと背中に装備された2連ビーム砲を後方へ向け、ビームを放つ。 しかしサイクスはそれを難なくかわす。 「こりゃあ一筋縄ではいかんか」 そう言うと機体を急に反転させ、サイクスめがけて突っ込む。 「そうら!!」 そういいながら背中のキャノンを連射する。 「これは意外な行動だな」 真正面からビームが飛んできたため、回避運動に入るエドワード。
回避運動をしたためにスピードがやや落ちる。 「いまだ!」 ジムは、そう叫びながら機体を森へと突き進ませる。 「くっ!?なかなか考えたな。こう回避運動をさせられたら、阻止のしようがないじゃないか」 楽しそうに言いながら再びハウンドを追いかける体制に入るエドワード。 しかし、サイクスを森に突入させたときには、ハウンドソルジャーの姿はなかった。 物音一つしない、静けさだけがあたりを包む。 「・・・・・・・・これは近くでやり過ごそうという魂胆だな」 そう言うと機体をその場に休めてじっと待つ。
次第に雨が降り始めてきた。あたりが暗くなり、今度は雨の音だけがあたりを包み始める。 「くぅーあんなところにいられたらこの暗さでもばれるぞ」 彼は以外と近くにいた。サイクスから数百メートルしかない所に身を潜めていたのだ。 ギュオン!! すさまじい光が一筋の矢となってあたり一帯を照らしながら突き進んでいった。 「!?何だ今の光は!?かなり威力のありそうなビームに見えたが・・・」 今の一撃を見て飛び出したくなったが、その気持ちを必死にこらえてその場に身を隠し続ける。 「・・・・・ふむ、今の一撃で飛び出してきてはくれないか。やはりわしが見込みのある奴と 思っただけのことはある。これは持久戦だな」 参ったような顔をして言うエドワード。 それから4時間が経過した。2機はその場から一歩たりとも動かない。 時折サイクスから放たれるビームにより、あたりが明るくなるがただそれだけだった。 「・・・・・・こちらのビームエネルギーもそうだが、そろそろ向こうの精神状態も限界と いったところか」 機体チェックをかけながらつぶやくエドワード。 何度か放たれるビームは、通常のパルスレーザーではなく、一時的にエネルギーをためて放つ 溜めビームである。通常より破壊力はすごいが、溜めるのに時間がかかるため普段使うことはない。 このような脅しにはもってこいだが、エネルギーの消耗率が激しいのが難点だ。 「・・・・そろそろ動くか。いつまでもこうやっているわけにもいかんからなぁ・・・・」 そう言うとジムは、背中のビーム砲の照準をサイクスに合わせる。 「・・・・あたれ!!」 2連ビーム砲から放たれた二つの光がサイクスめがけて放たれる。 「来たか!!」 そう言うとすばやく機体を動かしビームをよけるエドワード。 「ちっ、逃げられた!!場所もばれちまった!!さっさと逃げるか」 そういいながらその場をすばやく離れ森を突き進む。 その後をエドワードの乗るライトニングサイクスが追跡をはじめた。 帝国軍総攻撃の4時間前である。
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